一般企業を経てフリーライターになったやつづかえりさんは、現代社会における働き方に特化した記事を書く。大学時代から自身の中で通底する関心であった「働き方」がどうして現在の職業へ繋がったのか、フリーライターという立場での取材の形とは。やつづかさんの視点から見る、現代社会での働き方の可能性について迫った。(聞き手:池田真菜 連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)
2019年、「関わる人達の幸せ」を重視して
ユニークな働き方や経営をする12社を紹介する書籍
『本気で社員を幸せにする会社』を出版
よりよい生き方を考え始めた契機
――一橋大学社会学部を卒業されたそうですが、私自身も社会学を専攻しており、その領域の幅広さには驚いています。どのような領域の社会学を学ばれていたのですか。
最終的には哲学の先生のゼミに入り、哲学について学んでいました。大学では色々な授業を取り、教育学や民俗学などにも興味を持っていました。
――大学での学問はどのような場面で、現在のお仕事に活きていると感じられますか。
哲学は、世界がどう成り立っているか、人間がよく生きるとはどういうことかを考える学問だと理解しています。それは自分にとっての「当たり前」が当たり前じゃないかもしれないと疑うところから始まっています。働き方に関しても、今の週5日定時で仕事をして残業もあるという働き方を皆がしていると、それが当たり前のように思えてきますが、それはずっと昔からあったやり方ではありません。どこかの時点でそう変化して今は当たり前になっていますが、それが一番よいものかはわからない。「当たり前」に疑問を持つ視点は、大学で哲学を勉強して身についたことだと思います。
――大学卒業後、ブランクを空けてデジタルハリウッド大学院に通われたのはなぜですか。
通信教育を提供するベネッセコーポレーションで中学生向けの教材を作る事業部にいたときに、郵送の教材だけではなく、パソコンやタブレットで利用できる教材を作ろうということになりました。そこでデジタルの仕組みを作る専門の事業部が立ち上げられましたが、社内にデジタルのことをよくわかっている人間が少なかったのです。そこで、会社のデジタルスキルの底上げのために社員が2名ほど大学院で学ぶことになり、私が手を挙げた1人だったという経緯で通うことになりました。
――デジタルハリウッド大学院ではプログラミングや映像制作を学べるという印象なのですが、具体的に何を学ばれていましたか。
デジタルハリウッドは専門学校、大学、大学院を運営していて、プログラミングやCG制作の基礎は専門学校や大学で教えています。大学院ではよりは高度なCGの技術や映画制作などを学ぶ技術的なコースと、コンテンツビジネスを行うとはどのようなことか、などを学ぶビジネス的なコースと2つに分かれています。私はどちらかというとビジネスのコースで学び、デジタルを使ったサービスの企画やビジネスモデルなどについて学んでいました。
――そこでの学問はどのような場面で、現在のお仕事に生きていると感じられますか。
今の時代、ITやデジタルなしには仕事は成り立たないし、働き方もそのようなツール抜きには考えられません。ITやデジタルの世界が少し見えるようになったのは大きいです。しかし学問の内容以上に私の中で大きかったのは、大学院で出会った人たちの影響でした。それまではコクヨやベネッセといった大企業で、会社で雇われて働くのが当たり前というような人たちとしか付き合いがありませんでした。大学院では自分で会社を経営している人やフリーランスで働いている人といった、独立志向の強い人が多くいました。多様な仕事の仕方や生き方に刺激を受けたというのが一番大きかったです。デジタルハリウッド大学院での経験がなかったら、私も会社を辞めてフリーランスでやっていくことは思いつかなかったでしょう。
デジタルハリウッド大学院に在学中は、
多くの最新デジタル技術に触れる
2つの企業で経験した働き方の文化
――文具メーカーから通信教育業界に転職されたのはなぜですか。
一橋大学の前身は東京商科大学ですから、ビジネス志向の強い学生が多かったのですが、私自身は学生時代には社会のことを知らず、あまり働きたくないなと思っていました。就職しなくてはいけないとなったときに、興味を持ったのは身近なメーカーでした。コクヨは文具のイメージが強いのですがオフィス家具の事業も行っていて、さらにオフィスの空間そのものを提案することも行っています。どちらかというとオフィス家具やオフィス空間の事業が面白いなと感じていました。
しかし、建築やデザインを学んでいなかった私が入社してもオフィスのことに携われるわけではなく、社内の情報システム分野に配属されました。ITには興味はなかったのですが、たまたま社内の会計システムの企画開発に携わりました。それはそれで面白かったのですが、社内の人よりも会社の外の消費者に繋がりたいと思うようになりました。あとその当時は「これからはwebだ」と言われる時代であり、社内でのweb化の流れもあってwebにもう少し取り組んでみたいなと思い始めて、たまたま見つかった仕事がベネッセでの進研ゼミ会員向けのwebサイトの運営でした。
――転職された後、前の業界との違いを感じた瞬間やギャップを乗り越えられた方法があれば教えてください。
両方とも企業の規模は同じくらいでした。もう一つ似ているのは、実質東京で動いている部分が多いのですが、コクヨは大阪、ベネッセは岡山に本社があるということです。しかし企業の文化は大きく異なっていました。コクヨは文具を取り扱っていてお客様から親しまれてはいるのですが、割とB to Bの要素が強い会社でした。文具もお客様に直接売るのではなくて、卸や販売店を経由して販売しているので。ベネッセは直接通信教育を販売していて、かつ相手が子供です。言葉を選ばずに言えば、コクヨはおじさんの文化で、ベネッセは女性が強い雰囲気でした。スピード感もかなり違いました。ベネッセに移ったときは「これをやって」と言われたときの締め切りの短さに最初は驚愕しましたが、それもやっているうちに慣れていきました。2つの企業を見たことで、どちらにも良い面と悪い面があり、1つの会社の文化が絶対ではなくやり方はいろいろあるのだ、と相対的に見られるようになったことが良かったと思います。
働き方について書き始めたのは趣味から
――フリーランスになられて以降も、オンライン英会話を扱うベストティーチャーで教育業界に携わっていたとのことですが、再び教育業界に携わろうと思われたのはなぜですか。
元々ライターになろうと思って会社を辞めたわけではありません。通信教育をデジタル化する仕事が面白いと思い、ユーザーの使いやすいデザインや商品の届け方の考案を仕事として続けていきたいと思ったからです。大企業にいると違う分野の事業部に異動になることや昇進して役割が変わる可能性もあります。自分でコントロールできる仕事の仕方に変えたいなと思いました。せっかくベネッセという教育会社での経験があったし、教育というテーマにも関心があったので、「デジタル×教育」というテーマで教育の分野の様々な会社をフリーランスで手伝っていました。その中でベストティーチャーの扱うオンライン英会話は、私のテーマにぴったりだと感じました。
ベストティーチャーに限らず、ユーザーが使うwebサイトやアプリの情報設計やデザインに注力していこうと考えていたのですが、それはなかなか儲かりませんでした。私の営業の仕方が下手だったのかもしれません。面白い仕事だと思っていましたが、周りの人ほどデザインにこだわれない、細かい作業に没頭しきれないところもありました。そのためこれをずっとやっていくのはきついな、と思うようになったんです。「働き方」というテーマが気になり、趣味としてインタビューをして書くようになったら断然そちらの方が面白かったので、働き方について書くほうが向いているかもしれないと思い、シフトしていきました。
長野への移住で感じた、生活の場のつながり
――2020年春から長野県に住んでいらっしゃるとうかがいました。そのタイミングで移住を決められたのはなぜですか。
子供が2020年の春から小学校に入学するということで、長野県に通わせたい小学校を見つけたため移住しました。
――以前のお住まいと今のお住まいである長野県を比較して、お仕事をする上では変化はありましたか。
以前は東京に住んでいて、しょっちゅう都心の企業にお邪魔して取材をしていました。移住するにあたってそんなに都心に行くことはできなくなるので、オンラインでできるだけ仕事をしたり、地元でも仕事をしたりできるようになったらいいなと思っていました。たまたまコロナ禍の状況下で他の人たちもオンラインで仕事をするようになって、東京にいた頃のように企業に行かなくても、都内の企業の人たちとオンラインで仕事をするようになりました。仕事面ではそれが一番大きいです。
元々フリーランスだったので、毎朝満員電車で通勤することはありませんでした。そういう意味では変わっていないですね。
――生活面ではどのような変化がありましたか。
10年以上住んだ所はたまたまベネッセに通勤しやすい場所だったという都合で選んだので、あまり縁のある人はいませんでした。私はあまり社交的なタイプではないので、隣近所で友達ができることはほぼありませんでした。それでも生活が成り立っていました。東日本大震災があったとき、周りの人と全く知り合いではないのはまずいのかも、と思ったこともありましたが、いきなり隣の人と友達になることもできませんでした。長野に来たら、町が小さいこと、学校の保護者にも移住してきている人が多いこともあって、お互い助け合っていこう、町について知っていることをシェアしていこうという空気がありました。地元や生活の場の繋がりがものすごく濃くなりました。
――小学校以外の地元の方との交流もあるのですか。
町内会的なものはあったりします。まだそんなに親しくお話しできるようにはなっていませんが、たまに清掃の日や防災訓練の日に顔を合わせたりするので、前よりは隣近所に誰がいるのかを把握しています。学校の人以外でも、地域の人と話せば色々な人を紹介してもらえます。友達ができやすい感じはしますね。
10年前から多様な働き方に注目
――教育業界からフリーライターになられたきっかけはなんですか。
働き方に意識的になったのは会社を辞めてすぐです。元々1人でいることが苦にならず、会社で行っていたデスクワークも周りに人がいるよりも家でやったほうが集中できるタイプではありました。フリーランスとして仕事を始めたときも、仕事内容はwebやデジタル系の仕事で、会社員の頃とはそんなに変わりませんでした。しかし家で仕事を始めたことにより、洗濯物を雨が降ったら取り込めるなど、会社で仕事をしていたらできなかったことができるようになりました。そこでは生活と仕事が組み合わさって、自分に一番都合のいいやり方や効率の良いやり方ができました。2010年頃は、まだ働き方改革という言葉はなかったのですが、少しずつ在宅勤務を取り入れる企業も出てきた時期です。ベネッセにいた頃に、実験的に何人か手を挙げた人が週に何日か在宅勤務をするという取り組みがありましたが、もっと多くの人が在宅勤務を始めても支障をきたすことはないと気づきました。
あとはその頃、「パソコンとネットがあればどこでも仕事ができる」、という意味でのノマドワークという言葉が流行っていました。またフリーランスという生き方も話題になっていて、「自分は自由に働いています!」とブログに書いたり本を出したりする人が増えていました。彼らのブログには、社畜という言葉を出して「会社員の働き方ってつまらないよね」と揶揄するような向きもあり、<フリーランス対会社員>という雰囲気がありました。私は会社員だってノマドのようなことはできると思っていたのだけれど、いまいちそのような存在は見えてきていませんでした。
そんな時、地方でリモートワークをしている会社員の方が話題になりました。その人の勤め先はある東京の会社で、居住地を問わずに優秀なプログラマーであれば採用するという取り組みを始めていました。その人は兵庫県の都市部からは遠い地域にある自宅で働いていて、すごく充実した毎日を送っているとブログで書いていました。それを見て、ノマドのようなことをしている会社員がいることに気づいたのです。しかしブログに自身の働き方についてつづるモチベーションのある会社員はそう多くありません。面白い働き方やいい働き方をしている会社員の方はいるけれど、見えないのだろうなと思ったときに、自分が記事を書いたら面白いのではないか、と思ったのが一番のきっかけです。
webサイトを作るスキルを持っていたので、自分でサイト(My Desk and Team)を立ち上げました。在宅勤務とか子連れ出勤とか、副業やパラレルキャリアとか、面白い働き方や良い働き方をしていて、かつフリーランスというよりは企業や組織で働いている人たちを見つけては、話を聞いてそこに記事を上げていました。最初はお金にしようとは考えておらず、何年か趣味のような形で続けていたのですが、数年やっているうちに知り合い経由でwebメディアから記事を書きませんか、というお話をいただくようになりました。そうしたら仕事になっていった、という感じですね。
フリーライターとして「働き方」を掘り下げる
――新聞社に所属する記者と比較して、フリーライターは取材できる題材の幅が広いといった印象を受けます。フリーの立場でしかできないことはありますか。
新聞記者の方の仕事の仕方を詳しくは知らないのですが、一番違うのは取材をしたり記事を書く頻度ではないでしょうか。新聞社の記者の方は、毎日たくさん取材をしてどんどん書いていらっしゃると思います。フリーライターの中にも色々な方がいらっしゃますが、私の場合は速報性のあるニュースを扱っているわけではないので、じっくりお話を聞いて、そこからどういうメッセージを伝えられるかを考えながら構成を考えて、としていると結構時間がかかります。取材をしてから記事が出るのに一ヶ月ほどかかり、新聞社の記者の方からするとかなりのんびりとしたやり方になります。その分字数の制限がwebだとほぼないため、深くじっくり聞いて書けるというのは大きな違いだと思います。あと、テーマの自由さもフリーライターの大きな特徴ではありますね。新聞では限られた紙面の中で優先度の高いものを載せるので、せっかく取材したけれど書けないことや、うまく紹介できていないことがあるのではないかと思います。
――新聞社だと政治部や社会部など、部門に分かれています。フリーライターは、1人で色々なテーマの記事を書けることが強みの一つではないかと感じました。
逆に私は働き方にテーマを絞っているので、取材すればするほど自分のインプットがたまリます。新聞社では、例えば政治部だと、政治家と密な関係性を持つことができますが、逆に異動もあってせっかく構築した関係性や知識がリセットされることもありうるのではないでしょうか。
――コロナ禍では対面の取材が難しい状況となり、ほとんどの取材がリモートで行われるようになったことと思います。やつづかさんは以前からリモートの取材をされていたと伺いましたが、リモートでの取材のメリット・デメリットがあれば教えてください。
リモートでの取材の割合は、以前は少なめでした。地方の方にお話を伺うときにリモートで取材をすることはありましたが、都内の方だとほぼ対面で取材をしました。
メリットは、距離に関わらず色々な方に取材できるチャンスが生まれるということです。場所を取ったり移動時間を考慮したりすることもなく、スケジュール調整もしやすいです。
デメリットとしては、取材対象の方が身をおいている場所の雰囲気が見られないことです。例えば企業の働き方に関する取材は、オフィスの雰囲気を見てどんな会社かを知ることができるのですが、オンラインだと白い壁しか見えず、雰囲気を感じることができません。あとは話す間合いですね。人が多いと、どのような順番で話すのかがわからなくなってしまう時があます。それに、「いきなり始まる感」がありますよね。実際にお伺いすると、受付で待って、名刺交換をして…というやりとりの間に、相手とだんだん打ち解けていくのですが、オンラインだと自己紹介くらいはするにしても、その後いきなり始まる感じがあって場が温まりづらいです。記事を作る際には写真を撮る必要があるのですが、オンラインでの取材ではその人が働いている場を含めた写真や、インタビューに答えている表情などの写真が撮れません。その点は、各種メディアは苦労していると思います。
――現在、内容や表現の面でやつづかさんの強みがあれば教えてください。
テーマを絞っている分それに関する情報が集まりやすく、仕事をするたびにテーマに関することを調べているのでよく勉強します。働き方というテーマに関して引き出しが多いのは強みですね。テーマについて詳しくない人が取材するよりは、色々と知っている人が取材する方が、面白い話を引き出しやすいのではないかと思います。
2016年、フィンランド大使館によるプレスツアーに参加。
他国の働き方や生き方に触れ、
当たり前を見直す視点が広がる。
現在における、様々な働き方の可能性
――昔から働き方への関心があったとおっしゃっていますが、その関心は、現在執筆されるテーマにもつながっているのですか。
振り返ってみると、コクヨに入った時点で「良いオフィスとは何か」について考えていました。現在のオフィスは座席が固定されていないフリーアドレスが多くなっていたり、昔は給湯室でお茶やコーヒーを淹れていたのがオフィスの真ん中にコーヒーマシーンが設置されるようになったりとさまざまな変化が見られます。それはただオシャレだから変化しているのではありません。私が就職活動をしていた当時から、コクヨでは最先端のオフィスを作っていて、例えば、飲み物や食べ物があるところに人が集まるから、オフィスの違う部署にいる人同士でもコミュニケーションが生まれ、そこから良いコラボレーションが生まれるといった提案をしていました。良い働き方には仕掛けが必要だし、ただ働くのではなくワーク・ライフ・バランスを取れていないと生産性が上がらない、というようなことを考えるのは元々好きでした。しかし会社にいた時はそれが仕事につながることはありませんでした。会社を辞めて自分の働き方が変わったことで、働き方に意識的になり、かつ昔から興味があったこともあって、テーマとしてはまりました。
――働く人々の現状や心の健康に焦点を当てた記事を多く書かれているという印象を受けました。コロナ禍でオンラインでの業務に移行するにあたり、企業の経営者・労働者はより良い労働環境に向けてそれぞれどのようなことを念頭におくべきでしょうか。
リモートワークが増えるということに関して言えば、一人一人のコンディションが見えづらくなってしまうので、そこはすごく心配です。あえてビデオチャットでもいいから顔を見て確認し、何か不安なことや困っていることはないか聞く機会を作ることは重要です。会社の中には色々な立場の人がいて、社員は業務が多岐にわたる一方で、アルバイトや派遣社員の人は業務も関わる人も限定されがちです。例えば伝票入力の業務をしているアルバイトの人は、その業務を扱う社員の人とは話す一方でそれ以外の人とは話しませんよね。オフィスで働いていれば、その人たちも他の人から見えるし側にいるため昼食に誘うなどの交流をすることもできます。しかしオンラインだと、仕事の関係がある人としかつながらないし、限定された仕事の人ほどつながる相手が少なくなってしまいます。彼らに何かあったときに気づける人も少ないし、寂しい思いをしている人もいるかもしれません。そのような人も含めて、みんなで近況を話す機会や1on1をする機会を設けることが必要です。正社員に注目しがちですが、アルバイトや派遣社員の人も忘れないということが大事ですね。
――コーヒーマシーンを真ん中に置いてそこで交流する、というお話が先程出てきましたが、対面での交流がなくなってしまうのはオンラインの課題ですね。
そうですね。ただ、私はオンライン否定派ではなく、もっと導入すればいいと思っています。オフィスでコーヒーを飲みながら雑談していたような時間をオンラインではどうやって実現するか、といったことを考える必要があります。
――女性の働き方を提案するメディアを以前運営されていましたが、女性だからこそ見えてくる働き方や暮らし方の課題はありますか。
メディアを運営していたときによく聞いていたのは、仕事を続けたいのに旦那さんの転勤で続けられなくなったり、子供の都合で続けられなくなったりした人がまだまだ多いということですね。よく女性の就労率のM字カーブはだんだん解消されているという話がありますが、まだなくなってはいません。子育ての期間も働き続ける女性は増えてはいますが、働き方は正社員ではなくパートなど、人より短い時間の勤務になっている人が多いです。そのような働き方を選べるのは良いことですが、子供が大きくなって働く時間ができてもフルタイム勤務できる仕事に戻れないということが問題になっています。個人が正社員でい続けられるように努力するよりは、国の制度や企業の考え方を変えるべき。「この時期は子育てに時間を割きたいけれど、子供が中学生くらいになったら働く時間を増やして、マネジメント業務もできるようになろう」というように、働き方を変更できる仕組みや制度、考え方が必要ですね。1回正社員を辞めたら、その人は正社員のコースから降りたのだと見なすのではなくて、正社員に戻る見込みがある人とみなす文化を作ることが大事です。
――女性だけではなくて、男性含めた社会全体で制度を変えていくしかないですね。
そうですね。男性の育休の話が注目されていますが、まだまだ育休を取ったら「この人は仕事より家庭が大事で、昇進したくないのですね」と思われるところがありますが、そうじゃないよね、というのが皆の共通の認識になればいいですね。
――長野県に住んでいるからこそわかる、大都市での働き方や暮らし方の課題、また大都市ではない場所での働き方や暮らし方の課題はありますか。
大都市と地方では、全く暮らしが違います。地方とひとくくりにするとざっくりしすぎていて、地方にも色々あると思うのですが。私が住んでいるところでは、通勤手段は車がほとんどです。電車は一応通ってはいるのですが、単線で1時間に1~2本でどちらかというと通学用に使われます。
東京にいたときは「満員電車での通勤はどうなるのか」という記事を書きましたし、小池東京都知事も時差Bizと言っていかに満員電車を回避するかをテーマにしていましたが、それは一部の大都市でのテーマなのだと地方に来て気づきました。東京で満員電車での通勤に慣れているのは不健康なことだと思います。それが当たり前だと受け入れているのはおかしなことと感じました。
あとは働き方の選択肢の種類も違いますね。東京には色々な働き口があって、地方にはない職業もいっぱいありますが、地方では逆に東京では考えたこともないような職業があります。例えば農家でのバイトです。農業は季節によって大きく仕事が変わりますよね。夏は収穫を毎日しないと間に合わない時期で人手が欲しいですし、冬は苗を育てるなどの仕事はありますが、夏ほどは仕事がありません。繁忙期にはアルバイトやパートを取るので、周りにはそういったところで働いている人もいます。都会だとお金での報酬で全部考えるのですが、農場での働き方を見ていると、お給料は少ないけれど野菜をもらえるから助かるよね、みたいな話もあって。他の職業でも同じようなことはあって、その点は柔軟で面白いですね。
逆に地方では、東京の働き方改革に感じる熱量がまだまだ感じられません。東京では在宅勤務や残業減、有給取得が掲げられていますが、それは大企業主導の話で、地方の中小企業だと人手が少なくて難しいと考えているところが多数派です。徐々に波は来ると思うのですが、働き方について考えている企業の数は全国規模で見るとまだまだです。
今後のメディアや企業のあり方とは
――ここ数年個人から発信されるニュースや情報の影響力は大きくなっています。コロナ禍を経て、マスメディアと個人が発信するニュースの影響力はどのように変化するか、やつづかさんのお考えがあれば教えてください。
コロナ禍までは、新聞社やテレビ局など伝統的な大きいメディアは古くて遅れているという風潮があったと思います。それに対しweb系のハフポストなど新しいメディアや個人の発信力が注目されていました。コロナ禍では、日本の政治や世界の他の国の動きが個人の生活に影響を与えるニュースとして、それまで以上に重視されるようになりました。大きく歴史のあるメディアは、そういう取材を日々できる体力やネットワークを持っているので、なくなってしまったら困ります。
一方で、そのようなメディアは規模が大きいゆえに忖度して言えないこともあるということも、コロナ禍で見えるようになりました。やはり古くて大きいメディアと新しいメディアは、両方必要なのではないかと。国際的なニュースは大きいメディアが正しく公平に伝えるという役割があります。小さいメディアや個人は、それぞれの視点から大事だと思ったことをじっくり追いかけて、深く考察して発信できます。少し異なるフィールドで両者が共存していくのはありだと思います。
――両者がマクロとミクロで共存していくのが理想ですか。
過渡期なのかもしれませんね。新聞社だって紙の新聞だけ出しているわけではなくて、深くて独自の記事をいっぱい出しているのです。全部を新聞社が抱え込むのは良くないですが、体力のある組織が全く必要ないわけではありません。ただ、記者が書く記事は会社の色からは抜け出せないところがありますから、それとは別に、個人が自由に多様な発信をできる場も必要です。
――やつづかさんご自身は、今後どのような記事を執筆したいとお考えですか。
今年テーマにしたいと思っているのは、企業の方向性としての「ヘルシーとエコ」です。健康や地球環境への影響が、より経営上のテーマとなっていくと思います。SDGsにどれだけ真剣に取り組んでいるかには企業により差がありますが、取り組まないと経営自体もうまくいかないという気はしています。そこをデータで確認しつつ、実際に本気で取り組んでいる企業がなぜ本気になれたのか、それによりどのような良いことがあったのかを紹介していきたいです。 やつづか えりのポートフォリオ メディアの担い手のための審査制プラットフォームChrophy(クロフィー):ポートフォリオ作成からAI文字起こしまで chrophy.com
やつづか えり
コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立。2013年に組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』開始。『くらしと仕事』編集長(2016〜2018.3)。Yahoo!ニュース(個人)オーサー。各種Webメディアで働き方、組織、ICT、イノベーションなどをテーマとした記事を執筆中。著書に『本気で社員を幸せにする会社』(2019年、日本実業出版社)。過去記事のポートフォリオはこちらから。
聞き手&執筆担当:池田 真菜
株式会社クロフィー インターン
慶應義塾大学文学部2年インタビューを終えて:コロナ禍で多くの企業が働き方の変容を迫られる中、より良い働き方を発信するやつづかさんの記事のような情報源は今まで以上に重視されるだろう。労働は生活と不可分である。「当たり前」を疑い個人に応じた働き方の可能性を考えることは、その人の生活や人生の可能性を大きく広げることにつながるのではないか。やつづかさんの記事は、読者に自身の働き方や人生を見つめ直す機会を提供しているだろう。
本連載企画について:記者ら、メディア関係者のための業務効率化クラウドサービス『Chrophy』を開発する株式会社クロフィーでは『学生が迫る、メディアの担い手の素顔』と題した本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、カバーイメージは高橋育恵、サポートは土橋克寿。
ご質問などございましたら、こちらの問い合わせフォームよりご連絡願います。また、弊社のインターン採用・本採用にご興味を持たれた方は、こちらの採用情報ページよりご連絡願います。