医学ジャーナリストが大事にする思いとは? 〜ペットと暮らす生活を模索する中でのフリー転身〜

新聞で、ある伴侶動物の愛護に関する記事が目に留まった。「これを書いた人の話を聞きたい。」駄目で元々、ライターの方に突然連絡。フリーランスで文春オンライン、小学館サライ.jpなど、様々な媒体で執筆をされている渡辺陽さんだ。見ず知らずの大学生である私からの依頼を受けて下さった渡辺さんからは、画面越しにも人と繋がる力が伝わってきた。「読む人」に、記事が出来るまでの人の繋がりを少しでも知っていただきたい。(聞き手:栗山真瑠  連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)

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(渡辺陽さんと愛犬のオーちゃん)

きっかけは、愛犬と暮らすための在宅ワーク

ーー大阪芸術大学文芸学科を卒業されていますが、大学ではどのような学問を専攻されていましたか。

学問というよりは、私が専攻していたのは創作の方です。卒業論文として短編小説を書くことが最終的な着地点という感じで。学生時代は勉強よりもバイトやバンド活動に精を出していて、その時バイトで勤めていたカタログ製作の会社に就職しました。そこでコピーライターの方とお仕事をご一緒する中で、コピーライターになりたいと思ったんです。

ーーその後、研究の助手をされていますが、どのようなきっかけからですか。

コピーライターをしていたのですが、当時は女性が大学を卒業したら結婚するのが当たり前という考え方が強くて。特に私の両親はその考えが強かったので、残業が多いことや、東京に出ることなどに対する制約が多く、続けていけないと思いました。それで、私自身元々医療にも興味があったので、実家から通える近隣の病院の医局秘書や研究助手を探してアルバイトをしました。

この時にたくさんのお医者さんと知り合えたことは今でも役に立っていますね。医療関係者の方の人間関係は独特なので、上手く関係を構築する方法が身についたと思います。

ーー2015年からフリーライターとしてお仕事をされていますが、そこに至る経緯を教えてください。

フリーランスになるつもりは全くなかったんです。愛犬のラブラドールが重度の雷恐怖症で、私が留守の間に(恐怖・不安行動を起こして)脱走したりと、家を空けられなくなって来まして。このような精神疾患のための(抗不安剤、抗うつ剤などの)薬もありますが、やはり薬が必要な時には私がその場にいなければいけないので、このままではこの子と一緒に共倒れすることになると獣医さんにも言われました。

動物病院を転々としましたが良くならず…。動物病院の先生の伝を辿って、動物行動学のパイオニアとしてアメリカで研究されている尾形庭子先生に連絡を取りました。アメリカの場合では、人間が生きていけない場合は安楽死させることが多いそうですが、日本ではそういう訳にもいきませんから。

結局、家でも出来る仕事を探すことにしました。元々文を書くことが好きだったので、いくつかのクラウドソーシングサービスで執筆の仕事を見つけました。前職を辞めて、在宅の仕事で何とか食べていくだけのお金を必死に稼いだというのが始まりでした。自分の出来ることを生かして、愛犬も保健所に連れて行かずに済む方法は、これしかなかったと思います。

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信頼出来る安心と、跡に残る発見を

ーー医学ジャーナリスト会員に所属されていますが、所属しようと思ったきっかけは何ですか。

小学館のサライという雑誌で、医療関係の記事を書けるライターの募集に採用されて、「名医に聞く」という連載を執筆しました。その中で、読者の方に安心してもらう為の肩書きがあるほうが良いと思い、医学ジャーナリスト協会の会員になりました。会員になると、政府の有識者会議や、大手新聞社しか取材出来ないような多忙な方の会員向けのお話を聞けます。

また、Choosing wisely JAPANという学会ににも加入しています。これは、不要で過剰な検査や投薬はしない、医療費を節減するという目的を持った学会で、世界に展開されています。新しい分野ですが、国にとっても個人にとっても有益で、勉強を続けたいと思っています。

教授秘書時代やこれらの学会、また両親が闘病の際の医師の方たちとの出会いは、どれも私の人生において、かけがえのない財産だと思っています。

ーー素人が発信する科学的根拠のない記事も、医師免許を持っている方の記事も、自由に発信される時代です。医学ジャーナリストという立場だからこそ伝えられるものは何だと思いますか。

信頼できる先生への取材をもとに記事を書くことを大事にしています。医師免許を持っているということが必ずしも信頼に値する訳ではないので、普段のご発言やご活動をリサーチしたり、先生同士の人脈を辿ったりします。

学会に足を運んで、素晴らしいと思った話があれば、それを世に伝えたいという一心で、先生に「取材させてください」とその場でアタックすることもありますね。そうすると、良い先生同士は繋がっているので、そこからまた別の先生を紹介していただいて人脈が広がったり。人の繋がりにおいては、資格よりも信頼関係が大事だと思っています。

ーー現在、複数の媒体で執筆されていますが、媒体によって変えていること、一貫して変えていないことはありますか?

難しい質問ですね…。やはり媒体ごとに求められる記事が違うのですが、共通して言えるのは小学館の「サライ」の編集長に言われたように、読んだ後にしみじみ「読んで良かったな」と思われる、跡に残る記事を書くことです。

例えば、神戸新聞の「まいどなニュース」では、猫ブームに肖って猫に関する記事を量産している訳ですが、主旨としては飼育に役立つ情報の提供というものではありません。それでも私は、収入源として執筆する一方で、どんな分野でも「これを知って良かった」と思える、生活を少しでも良くする新しい発見を届けることを意識しています。

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(とある取材に行った時)

ペットと人の暮らしを守っていくために

ーー医学以外にも、動物愛護に関する記事を多く書かれていますが、きっかけがあれば教えてください。

小学館の「サライ」を皮切りに、もっと大手のメディアでの仕事を増やしたいと思い、朝日新聞の「Sippo」の編集長に直接営業しに東京まで行きました。普通は、一生懸命記事を書いてメディアの方が見つけて声をかけてくれるのを待つのですが、そんなの待っていられない、と(笑)。

ーー伴侶動物に関しては、医学と違って、家庭や人ごとに知識や倫理観の差が大きく、それが原因となる問題も多いと思います。取材や執筆をされる中で、日本の伴侶動物に関して問題視されるべきと感じる点は何ですか。

最近問題になっている多頭飼育崩壊や飼育放棄のように、人間の経済的な背景はペットの飼育に色濃く染みついています。元々経済的な基盤が弱い人が、可哀想だからという理由で野良猫に餌をやるなど、ペットを飼う能力、繁殖や飼育に関する最低限の知識が欠落している場合も多く…。

やはり今問題になっているのは、コロナ禍で失職し、ペット共々路頭に迷うというケースです。東京を拠点に生活困窮者の支援活動をしている稲葉剛先生を中心とするNPO法人では、初期費用が高くてもペットと住める賃貸を紹介しています。何としてもペットと離れずに暮らせるように、と。

それは、ペットが人間にとって生きる希望でもあるからです。私自身、本当に大変な子でしたけれども、愛犬がいるから、この子のために頑張らなくてはと仕事を探しました。人間の生活もままならないのだから、そんな贅沢品は保健所に連れて行けというような考え方は、おかしいと思います。

ペットの問題は人間の問題なので、社会全体の水準が上がれば、ペットの文化が日本でも向上していくと思います。

ーー海外と日本の、伴侶動物と人の関係における違いは何だと思いますか?

そもそもアメリカでは、州によるかも知れませんが、ペットショップでは生体販売はされていません。飼う場合は、愛護団体やるシェルターで引き受けます。一方で「割り切り」がはっきりしていて、ペットが病気になって人間の生活に支障を来し、治療が難しい場合は安楽死させます。安楽死に肯定的なんですね。この割り切り方が日本とは大きく違うところだと思います。

リアルの場にしかないもの

ーーコロナ禍で、取材や打ち合わせなどで変えざるを得なかったこと、またそれに応じて工夫されていることがあれば教えてください。

雑談がない、ということは結構深刻ですね。メールや電話だけだと、医師の方との雑談の中で得られる「今はこういうことも問題で…」というような情報が少なくなっていて。そこを積極的に拾いにいく努力は必要だと感じているので、きちんと感染対策をした上で、やはり人と会う機会を作っていこうと思っています。

ちょうど、コロナの患者を診ておられる先生から講演会のお誘いを受けたのですが、その方は元々取材はメールで受け付けていた方で。コロナをきっかけに逆に人と人が会う機会を設けておられます。こういう時だからこそ、寧ろチャンスになる出会いがあるかも知れません。

ーー今後、追っていきたいと思われる分野や問題があれば教えてください。

著者に替わって本の制作に協力するブックライターという仕事を通じて、ウェブメディアとは違う分野に進出していきたいです。ブックライターの上阪徹さんが毎年開講されいる塾があって、何人も現役で活躍されている方を輩出しているのですが、そちらを受講しようと思っています。

私は医療についての記事も書きたいのですが、やはりペットに関する記事や企画が求められることが多くて。まずはペットの分野で信頼を勝ち得て次の分野に進んでいけるように、今年は取材先の裾を広げて、若手の先生や、栄養学、スポーツジムのパーソナルトレーナーなど、健康全体の観点から新しい情報を発信していきたいです。

最近試してみたのは、医師とトレーナーのダブルインタビューです。整形外科の先生が話した事例に対して、パーソナルトレーナーの方に意見を尋ねる、というような形で。ひとつの記事にひとりの話という決まりはありませんから。人と人を私を介して繋げて、ひとつの記事にすることで、ひとりの考えだけでは解決出来ないことにも、新しい発見を探していけたらなと思います。

原点は、「読んで良かった」を届けること

ーー読者側に求めるリテラシーは何ですか?

それは全くありません。媒体によってターゲットがありますが、読者について来てもらうことより、読者が求めるものを考えることの方が大事だと思っています。どのように届けるか、が問題かなと思います。なので、読者側に変わって欲しいと思うことはありません。

ただ、どんなにどん底に落ちたとしても、そこから這い上がるための手段として、必要な情報を手に入れる能力を持つことは、生きていく上で必要不可欠だと思います。逆に、書く側である私も、情報を求めている人に届くものを書く能力をつける努力をしなければいけないと思っています。

社会が困っている人に直接支援の申請を勧めてくれるわけではないので、先程お話したNPO法人のような、支援を頼る糸口になる記事を書こうと思っています。

ーー様々な形で情報が飛び交う中で、渡辺さんの書かれた記事が、どのような人に、また、どのように働きかけて欲しいと思われますか?

困っている人に限らず、私の書いた記事をご覧になった方に、小さくても何か学びになることを届けたいですね。PV(ページビュー数)を稼ごうと思って斬新さや流行だけを追っていると、自分自身の考えが薄っぺらくなって、本末転倒です。「読まれたい」という気持ちは持ちつつも、私が駆け出しの頃に言われた、「読んで良かった」と思ってもらえる記事を書くことは、ずっと大切にしていきたいと思っています。 渡辺 陽のポートフォリオ メディアの担い手のための審査制プラットフォームChrophy(クロフィー):ポートフォリオ作成からAI文字起こしまで chrophy.com

渡辺陽
大阪芸術大学文芸学科を卒業後、コピーライター、医局の研究助手を経て、2015年からフリーライターに。文藝春秋文春オンライン、小学館サライ.jp、telling、神戸新聞まいどなニュースなど、様々な媒体で執筆を手掛ける。医学ジャーナリスト協会会員。過去記事のポートフォリオはこちらから

聞き手&執筆担当:栗山真瑠
株式会社クロフィー インターン
北海道大学獣医学部三年

編集後記:朝日新聞の「Sippo」の編集長に直々に営業に行った、という行動力には心底感服しました。記事を拝読して渡辺さんにインタビューの依頼をしましたが、世に伝えたいことに対して真正面から向き合うエネルギーや、日頃からの人間関係の構築など、文面からは分からない貴重なお話を聞くことが出来た貴重な時間でした。

本連載企画について:記者ら、メディア関係者のための業務効率化クラウドサービス『Chrophy』を開発する株式会社クロフィーでは『学生が迫る、メディアの担い手の素顔』と題した本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、カバーイメージは高橋育恵、サポートは土橋克寿
ご質問などございましたら、こちらの問い合わせフォームよりご連絡願います。また、弊社のインターン採用・本採用にご興味を持たれた方は、こちらの採用情報ページよりご連絡願います。

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