電通広報としての仕事の信念とは?

会社の顔となり、社会との橋渡しになる広報担当者。外交的なイメージが強い広報の仕事に就いて十数年、2018年から電通の広報局で社外向け広報業務を主に担当してきた田中さんが繰り返したのは、「段取りと調整」という言葉だった。広報という仕事の本質とは何か。それはどこで培われるのか。その言葉通り、複雑化する情報社会で橋渡しになるための、慎重な「段取りと調整」の道のりが、今回の取材で垣間見えた。(聞き手:栗山真瑠  連載企画:学生が迫る、広報PRの担い手の素顔)

「影響力」という軸が導いた広報との出会い

ーー大学を卒業して、広報のお仕事に就かれるまでの背景を教えてください。

私は2004年に新卒入社したのですが、所謂就活氷河期と言われた時代でした。なので、何がしたい、というよりは、とりあえず数を受けないといけなくて。野球部(準硬式)に所属していたのですが、体育会ということもあって、かなり部活が忙しかったんです。大学4年生の就活時期まで、社会人になる意識が低い方だったと思うんですよ。業種や職種も明確になっていなくて、ゼミで選考している学問を活かしたインターンをするような経験が全くなくて。今思えば、野球をしに大学に行ってたのかなと思うほどですけど、野球だけは一生懸命やったと言いきれるかなと。マネージャー兼副キャプテンを務めていたので、今も大事にしている「段取りと調整」の力は磨けていたのかも知れません。

とはいえ、「影響力のある仕事をしたい」という軸はありながら、とにかく多くの会社を受け続け、たまたま自分の未知の能力を見い出してくれたのが、1社目の東京電力です。当時はその会社で何をするのかも分からないまま入社して、最初は現場仕事に就いていました。

ある時、同じ会社にいた大学野球部の先輩と飲む機会があったのですが、その人が宣伝部門にいました。当時、オール電化キャンペーンの宣伝をされていたのですが、その話を聞いた時に、「そういう仕事をしたい」と心がすごく踊ったんですよ。大学時代にも独学で野球部のホームページを作ったり、中学生時代にも野球部新聞を作ったり、そういう作業が元々好きでした。大学の準硬式野球部は少しマイナーな部活なので、待っていても人が集まらなかったので、まずは入ってもらわなければいけない。当時はネットが普及し始めた頃で、今のように誰でも簡単にウェブページをつくれる時代ではなかったのですが、骨を折って勧誘活動をしていましたね。

それから会社に希望を言い続けて3年「宣伝を希望するならまずは広報から」とお達しが来て、この職種に足を踏み入れた、というのが今に至るきっかけです。本当に些細な偶然ですね。最初に就いた広報業務は、自分に合っているなと思いながらも、日々起こる出来事への対処であっという間に時間が過ぎました。

ーー宣伝と広報のお話がありましたが、両者の違いは何ですか。広報の具体的な仕事内容もお聞きしたいです。

広報と宣伝は似て非なるものです。宣伝だと、ある商材が決まっていて、それを魅力的に見せて買ってもらうために活動します。広報活動の中に宣伝も含まれると思いますが、広報はもっと幅が広いです。商材ひとつではなく、会社自体のことを考えないといけない。会社の現状を発信して、社会が会社に何を求めているのかまで広聴する、ということも必要です。なので、消費者からテレビ・新聞・雑誌などのメディア、株主、自社の社員まで、ステークホルダーの幅がとても広い。私が就いているのは、その中でも社外広報と言われるものです。

基本的な仕事の流れは、毎朝自分の会社の露出がないかをチェックして、もしあれば、部内はもちろん経営層や関連部署にも共有して、場合によってはその対処も検討します。ルーティンワークというよりも、メディアの方との関係作りを段取りしながら随時仕事を作って、発生したことに対する対処をしていく。これが主な流れですね。こちらからメディアの方にPRすることもあれば、取材の依頼を頂くこともあります。いずれにせよ、「どれだけ自分の会社のレピュテーション(評価)の向上に寄与できるか」を考えながら仕事をしています。

如何に守るか〜広報の仕事の実際〜

ーー実際に広報の仕事に就かれて、実感したこと、価値観が変わったことはありますか。

やはり広報の魅力は、自分が対応したものが記事や番組になって、多くの人に影響を与えているのを実感できることです。広報は、宣伝に比べると縁の下の力持ちのような要素が強く、実は自分の名前が世の中に出ることはあまりありません。でも、自分の会社や、社員の名前が出ているのを見るのは率直に嬉しいですね。その裏で自分は何をして、それがどのように形になっているのか、を自分なりに振り返ります。当事者の方々や、関係者の方から良い評価を聞けると、やり甲斐を感じますね。

広報には「攻め」と「守り」の両側面があります。攻めは宣伝に近く、どれだけ華やかに伝えられるかを求められるイメージがあるので、攻めの方が目立ちやすい。でも、どちらかと言うと、重要なのは守りなんです。「如何にネガティブな面で目立たないようにするか」という視点を持たなければいけない。守りをしっかりしているからこそ、結果的に攻めに繋がる。複雑で模範解答はないし、ケースバイケースですが、攻めと守りのバランスを自分なりに作り上げることが、広報としてのプロフェッショナルな腕を試されているところだと思います。

ーー守りがあってこその攻め、ということですね。そのなかでも、広報のお仕事で一番大事にしていることは何ですか。

広報に限らず、どんな仕事でも、私が信念として必要だと思っているのが、「段取りと調整」です。特に、ステークホルダーが多い仕事なので「如何にいろんな人と上手くコミュニケーションを取れるか」が求められます。実際に仕事をしてみると、同じ情報でも人によって受け取り方が違って、相手に合わせて伝えないと正しく理解されない。

例えば、現場の人や経営層の人の話をそのまま紙に書くと、読者である一般の方々との間に大きなギャップが生まれてしまう、というのはよくあることです。社内の人が言うことと一般の人たちが求めていることの板挟みになるのは、広報あるあるですね。読者目線で書けば現場の人は「そうじゃないんだよ」となるし、かと言って現場の人の言葉のままでは伝わらない。せめぎ合いの末に落とし所をつけても、なかなか伝わらないんです。難しいところでもありますが、そこを先読みして調整出来るのが、真の広報だと思っています。

そこで重要になるのが、順番、つまり段取りです。誰のための広報なのかを逆算して、ターゲットに耳を傾ける。それを元に、何をすべきかを見つけていくと、説得力のある調整ができる。段取りと調整のふたつを上手く噛み合わせることが求められます。

広報は、何を聞かれるかを予想して準備をしなければいけません。いざという時に説得力のある話が出来れば、結果的に広報マンとして信頼されますが、逆に準備が出来ていないと、外からも中からも「この人に聞いて大丈夫か」と思われます。一度そう思われたらそのイメージがずっと続くので、プロとして「段取りと調整を徹底する」ということを心がけています。

ーー田中さんは社外広報とのことですが、電通のような大きな組織のなかで、社内ではどのように機能しているのですか。

電通の広報は、社外広報、社内広報の大きく2つに分かれています。仕事の領域が広くて規模が大きくなると、「誰に何をPRするのか」という観点が大事になる。それをしっかり固めてからでないと、具体的なアクションを起こせないと思うんですよ。情報がわんさかあるから、なんでも伝えれば良いという考えでは、広報の意味がなくなり、更には情報の価値が下がります。仕事が多岐に渡る分、「何を」の引き出しは多い。立てられる企画の幅は広い一方で、細かいところまで手が回らなくなりがちです。そういうことが起こらないように、プランニングをするわけです。

広報の機能という意味では、社内外の橋渡しになる仕事です。アウトプットとインプットを循環させながら、中心となって回さなければいけない。アウトプットに対する影響をまたインプットして、社内に伝えて、そこにプランニングもあって…と。関係者が多い分、繰り返しになりますが、段取りと調整が複雑になるし、社会への影響も大きい。逆に規模が小さい企業とかであれば、広報の人数自体が1、2人の場合もあるので、意思決定から発信まで、広報担当としての裁量が試されますよね。とはいえ、電通は社員何千人の中で広報が数十人ほどなので、一人当たりの負担は大きいですが。いろんな部署からメディアの方々まで知り合いが出来るので、顔は広くなりますよ。

ーーそれも広報のお仕事に就かれて実感した変化のひとつですか。

元々人と関わるのは好きなので、いろんな人と繋がれるというのは、やり甲斐のひとつかも知れません。決して怒られたくはないですけどね。(笑)

現場とメディアのギャップが生むすれ違い

ーーアウトプットだけでなくインプットもされているとのことですが、具体的に、インプットはどのようにされていますか。

まず、インプットも社外と社内に分かれます。社外だと、今世の中で何が起きていて、どういうニーズがあるのかをリサーチします。メディアに取り上げてもらうために、私が第一に気にするニーズはやはりメディアのそれです。メディアのニーズは、その先にいる視聴者のニーズでもある。ニュースやSNSなど、ありとあらゆるチャネルを使って勉強しています。情報過多の時代なので、スマホをいじっているだけでも情報が溢れてきます。その中でも「どういうテーマが流行っているのか」をリサーチするんです。

一方で、社内だと、「会社全体で何が起きていて、どの部署で何をしようとしているのか」を仕入れなければいけない。色んな人たちが訳のわからないほど複雑に動いているわけです。それを聴いて学んで、メディア側、視聴者側のニーズに合わせていく。両側からのインプットの中に、形になって繋がるポイントを見つけられたなら、初めて実行に移す。社内からのインプットについては、こちらから能動的に聴かなくても、部署の方から事業内容のアピールがある場合が多いですね。それは前のめりで聴きますが、なんでも発信すれば良いわけではありません。引き出しをたくさん作った上で、メディアのニーズとすり合わせます。

増え続けるステークホルダー

ーー情報社会の変化に伴って、メディアや社会との関係づくりにおいて大きく変わったことは何ですか。

2007年頃から広報の仕事をしていますが、ここ10年ほどでSNSが急速に発達して、広報という仕事に与える影響も相当大きくなったと実感しています。マーケティングと同じで、広報として「SNSの声を如何にリスニングするか」が重要なポイントになっています。情報を入手しやすくなった分、その声を気にしなければいけない。

「拡散」と「バズる」は似ていますが、拡散はマイナスな意味である場合が多いですよね。企業として、誤った情報が拡散されているなら、広報として否定しなければいけない。何より、そもそも誤解を与えないためのSNS広報という考え方も重要です。メディアばかりを向くのではなく、今の時代、世論を作るのはメディアではなくSNSでもあるので、時には公式SNSアカウントなどを運営しながらユーザーと向き合う姿勢も求められている。要するに、SNSユーザーは今やステークホルダーになりつつあるんです。だから、どこの企業もアンテナを高くして広報活動をしているんです。

記者会見ひとつをとっても、ネット中継される時代です。しかも動画サイトでアーカイブとして残るとなると、一度失敗すると後世まで語り継がれるわけです。当然、発信することに対してより慎重になりましたね。

ーーやはりSNSの発達による変化は、広報のお仕事にも大きく影響しているんですね。SNSは、それぞれに特性がありますが、特に良くも悪くも影響力があるSNSは何ですか。

私の場合はやっぱりTwitterだと思いますね。拡散力、流動性、匿名性を兼ね備えていて、誰でも言いたいことを言えるので盛り上がりやすい。何か不適切なことが起こると、Twitter経由でまず拡散していく傾向があります。先ほどソーシャルリスニングの話をしましたが、良かれ悪かれ企業に対する話題は一定数あるので、やはりTwitterの声を気にしています。

一概に一喜一憂しても仕方ないですが、例えば、普段は1日1000件ほどのヒットがあるのに対して、ある日は5000件だったとします。そういう場合は、その背景を探るべくTwitterを見に行ったりしますね。そうすると、ある影響力のあるツイートがたくさんリツイートされて拡がっている。その元のツイートが会社と関係の薄い内容なのか、または誤解が含まれる内容なのかによって、広報対応を考えていきます。そういう意味ではTwitterは分かりやすいですね。

ーー予想通りでしたが、日毎にそんなに大きなアップダウンがあるんですね。

前日の10倍とかになることもありますね。ニュースサイトのトップ記事になれば、それがソースになって顕著にツイート数が上がります。今は時間帯ごとの推移も分かるので、数字が跳ね上がった時間にニューストピックに会社の名前が挙がっていたというところまで見えるんです。

どこから何が発信されているのかを確認して、真っ向から否定することは出来ずとも、何かしらのアクションを取るという選択肢を考えるのも、広報の大事な仕事のひとつです。

自社広報ならではの深い繋がり

ーー電通はクリエイティブの事業領域も広いと思いますが、広報とクリエイティブの連携と分担を教えてください。

社内では、ひとつの商材に対してチームで仕事をしています。マーケティングから営業、クリエイターが組んでクリエイティブを生み出すので、棲み分けが難しいところはありますね。広報としては、一般的には、「クリエイティブチームが生み出した作品を如何に広報するか」が広報の役割の鍵になります。ですが、電通では、クリエイティブで生んだ作品はクライアント企業のものなので、それを直接広報することはほとんどありません。寧ろクライアントさんの商品をPR出来る立場にない、ということです。

ただ、外部からクリエイターに対しての取材・執筆依頼は結構あります。その際は、「クリエイティブの何を伝えるのが効果的か」ということを広報がアドバイスしますね。クリエイターの方はコピーやデザインの発想には長けていますが、取材を受けるとなると、意外と上手く伝えられないことが多くて。広報スキルとクリエイティブのスキルは、やっぱり違うんですよね。なので、事前にもらった質問事項を基に何をどう言うかを考える、前準備のアシストをします。まず執筆してもらったものを赤入れして、「これはちょっと伝わり辛いかも知らないです…。」と言ったり。それこそ段取りですね。

ーーPRを専門にするPR会社も存在するなかで、社内広報とPR会社の、それぞれの特性を教えてください。

実は、電通の中にも、クライアントさんの広報をお手伝いするPR会社のような部署や、電通PRコンサルティングというグループ会社もあります。PRと広報の垣根が低い会社だと思うので、いざという時に一丸となって部署やグループ会社と一緒に対応出来れば、強い武器になるじゃないですか。そこは電通ならではの特徴かもしれません。

一般的には、広報とPR会社で分けると、自社の事情に精通しているのは広報、第三者視点で戦略立てやメディアとのパイプ役を実行するのがPR会社です。最終的には、自社広報の意思決定、つまり経営層の意志次第で実行されますが。

自社広報の強みは、社内の事業を細かく知っている分、企画の幅広さがあることです。経営層と近いところで仕事を進めるので、大きな責任感が伴うシビれる業務に携われるのも面白いです。あとは、普段からお付き合いするメディアの方との関係を築けるので、メディアと相乗効果を生んでいけるのも自社広報ならではですね。

一方で、普段お付き合いのないメディアでのPRには骨を折ります。こういう雑誌に載せて欲しい、と依頼された時に、初めてアポを取るメディアだと、困るんです。読者目線でプランニングしなければいけないところを、社内からのインプットへ寄って自分本位になりがちなところもあると思います。

PR会社は、メディアに取り上げてもらうためのストーリーの作り方や、プレスリリースの書き方などのノウハウ、それに幅広いメディアとのリレーション(関係性)を備えている。だから色んな企業形態や商材にカスタマイズ(特化)したフォーマットをつくれます。つまり、同じ業種であれば、成功パターンを元にすれば、ゼロからつくらずとも効果を予測できるわけです。そこがPR会社の強みであり、広報として追いかけたい部分ですね。

PR会社の弱い部分としては、と言える立場ではありませんが、企業の広報からの情報を元に組み立てるので、やはり内情を深く知らないところがあるのは当然です。「実は担当者のこんな想いが裏にあって…」というところまではインプットされないんです。それと、「つまりニュースになるか否か」という視点が強い。なので、社内でいくら頑張っても、それがニュースに取り上げるに値しない、となればバッサリ切るようなところはあります。

また、広告プランに頼ってしまう部分も出てくるかもしれません。やはりタダでメディアに取り上げてもらうというのは大変なことです。メディア側も、視聴者や読者に見てもらえる面白い企画を求めているので。お金を払えば記事になるので、タイアップ記事や広告なら、という交渉もひとつの選択肢になりますが、広報としては、出来るだけお金で解決する方法に頼らず自社の事業をPRしたい、というところでのせめぎ合いはありますが。そこがPR会社と自社広報の違いだと思います。

楽しくネガティブシンキング

ーー社内外の橋渡しには、大小様々なリスクが伴うと思います。リスクマネジメントについて、具体的に何をされていますか。

まず、リスク対応とクライシス対応に分かれていて、ざっくり言うとリスクは事前、クライシスは事後の対応ですかね。前者の方で言うと、経験が何より大事だと考えています。私は2,3社目は宣伝部門にいましたが、1社目の頃の経験を踏まえて、「やっぱり広報として仕事をしたい」という思いが強くなって電通に入りました。あの頃の経験はある意味財産であり、今も活かしていきたい、と思うほどに、経験がものを言うと思うんですよね。

それに加えて、「どれだけ勘が働くか」だと思います。ある発言に対してどんな反応が来るか、誰よりも感度を高く考えていなければいけない。これはなかなか自然に身につくものではないので、自分で経験をするか、他者の事例を勉強するしかなくて。記者会見などで、社長や役員の方が色々な説明をされているのをよく見るのですが、その発言が記事やSNSにどのように反映されたか、までを含めて見るようにしています。それ以外にも、本を読んだり、研修を受けたりしますが、大事なのは、過去の事例を見ていて自分がどう思うかですね。

後から振り返って、評論家の意見を聞くことは誰でも出来ます。でも、記者会見などは、ひとつの質問に対して不適切な答えをしてしまうと、次の質問もそれに関連してきて、気づいたら取り返しがつかない、という事態を招きやすいんです。だから、ひとつひとつの質問に対して、言い方と振る舞いも含めて、勘を持っていなければ、会見全体を通して隙のない対応が出来ません。そのために、常日頃から他者の事例があればなるべくライブで見て、反応を予測するのを習慣づけています。

後は、ポジティブシンキングという言葉がありますが、あまり使われることはないですが、その逆でネガティブシンキングという言葉もあります。リスクマネジメントは、「ネガティブシンキングをどれだけ楽しく出来るか」だと思います。如何に最悪の事態を妄想出来るかなんですよ。その膨らんだ妄想から、その場合に必要なことを模索する。色んな現場から広報に対してのアピールがあると話しましたが、そこには色んなリスクが潜んでいるので、会社全体のレピュテーションを意識して、時にはバシッと進言することもあります。効果のないものを余分に出してリスクを冒すよりは、出さない、という選択肢も必要ですね。

リスクマネジメントといえば、PDCAを回す、マニュアルをつくる、という言葉が挙がることが多いですが、実際にはそんなマニュアルの通りにいかないケースの方が多いんです。やっぱり、実態を踏まえた経験を私は大事にしたいと思っています。大勢いる社員ひとりのプライベートなSNSにもリスクが潜んでいます。それを広報が逐一サイバーパトロールするわけにはいかないので、SNSが元で起こったトラブルの事例を啓発して事前に防ぐ、というのもリスクマネジメントのひとつです。

人脈と経験は不変の武器

ーー広報の仕事は変化が多く、事例ごとに対応が異なり、一筋縄では進まないのだと感じました。新人の広報が配属された場合、仕事を教えるために何を伝えられますか。

そもそも、広報は新人が配属されにくい部署かもしれませんが、広報未経験の30歳くらいの若手が部下にいたこともあります。広報の場合は、背中を見ていてくれ、という姿勢が強いですね。最初は何をどうすれば良いか分からないので、最初の3ヶ月は、仕事を一緒に見て聴いてもらうだけで良いのかなと。でもそれだけでは育たないので、そこから先はやっぱり「段取りと調整」です。取材の設定をして、それに向けて必要な準備をするのも段取り。質問事項をもらう、取材対象の方に投げる、そこで広報の立場から方針やコメントを付記するのは調整。もちろんアドバイスはしますが、そういう作業をまずは実際にしてもらいます。これにまた3ヶ月。後はもう実際に思うようにやってみてと。

例えば、電話対応ひとつにしても然りです。誰からの何の用件か分からなくても、一旦受けてみて保留にすればフォローするから、と。最近はリモートワークに伴ってメールでのやりとりも増えてきたので、電話でその場で回答しなければいけないケースは減りましたが。

結局は経験ありきなので、色んなケースに遭わなければ、スキルとして身につかないと思います。そういう部分に対しては、過去の失敗談を交えたりしながら、随時積み上げていく。とにかく場数を踏んでもらいます。

ーー社会の様々な変化のなかで、広報として強めていきたいことは何ですか。

今も昔も人脈の強化が非常に大事であることに変わりありません。社内はもちろん、メディアの方や他企業の広報の方との繋がりを拡げて、広報力を高めていきたいですね。コロナ対応については、他企業の広報の方にも相談させてもらいましたし、それに限らず、色んな変化が求められるなかで、意見交換をしていくことが必要だと思っています。

後は、傾聴力の強化です。広報は、発信する役割ではありますが、更に広く物事に対して耳を傾けるスキルも必要だと考えています。

広報担当としては、今までメディアの方向を向いて仕事をしていたので、何をどう出せば露出出来るか、という視点が強かったです。今度は、逆に背中の方を向いて、もっと経営に近いところで、「視野を広く、視座を高く」と言いますか、会社にとって本当に有益な広報は何か、を勉強しようと。小出しにするのではなく、長い目で会社全体を見渡す視点から広報をしたいですね。

田中健太郎

2004年東京電力に入社後、2007年から広報部署へ移り、メディア対応、記者会見対応、HP/SNS運営など経験。以降、三菱自動車やライオンの宣伝/デジタルマーケティング部署を経て、2018年から電通の広報局で社外向け広報業務を主に担当。

聞き手&執筆担当:栗山真瑠
北海道大学獣医学部4年
株式会社クロフィー インターン
編集後記:PRは形のある商材をポジティブにアピールし、購入を誘発するのが目的である。一方で、広報は企業といういわば組織の社会における存在価値の構築である、と私は解釈している。私たち世間のひとりが広報の仕事に直接触れる機会は少なく、メディアで露出するまでの過程は未知の世界だった。そのため、宣伝も広報も経験された上での田中さんのお話は、非常に興味深い。特に、「守り」のための日々のインプットや、何度も繰り返されていた「段取りと調整」は、想像を越える地道で慎重な差業だ。変化の激しい情報社会を追う広報の仕事に、企業の垣根を越えた繋がりの重要性を感じた。

編集:庄司裕見子

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