「企画はラブレター」書籍編集者として、著者と読者をつなぐ

興味のあるテーマの本だが何故か進まないこともあれば、本の中に広がる著者の世界観に浸って一気読みすることもある。こうした本が世に出るためには、著者の人柄や生き方を言葉で表しつつも、読者を引き込む構成を企画・編集する存在が必要不可欠だ。ディスカヴァー・トゥエンティワンに勤務する志摩麻衣さんへのインタビューを通して、著者の内面を言葉で表現し読者に伝える、書籍編集者としての仕事にかける思いを、垣間見ることが出来た。(聞き手:栗山真瑠  連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)

画像2

著者に送る企画はラブレター


ーー編集はどれくらいのペースで進められていますか。

会社やその年の方針にもよりますが、私は年間8冊本を出すことをノルマとしているので、企画を月に1本通すことを目標としています(じつはこれが意外と難しい…)。手持ちの企画は10本ほど持っていますが、上司や先輩はもっと企画を抱えていて、次年度に持ち越したり、部下に引き継いだりもしています。1冊の編集にかかる時間は、平均半年ほどですが、翻訳書で訳者の方が早く訳文を仕上げてくだされば早くて3ヶ月、長い本になると数年単位かけて編集をします。

ーー著者の方が考える本の完成像をくみ取るためにどのようなアプローチをしていますか。

今はビジネスジャンルの本を主に編集しているので、著者の方の本業は「書くこと」以外であることがほとんど。そのため、執筆は書くことを専門としているライターさんにお願いすることが多いです。

ライターさんに入っていただく場合は、ライターさんとも相談しながら、「著者の方が語れること」と、「読者が読みたい本」にするには、どんなテーマ・コンセプト・切り口がいいかを考えます。

ですので、著者の方との打ち合わせでは、本の内容だけに着目するのではなく、そのテーマに関わってきた経緯や、そのテーマにおいて大事にされていることを聴きます。その2点を踏まえた上で、読者目線で考えた完成像とすり合わせて、読者の方が読みたいと思うような本の形を著者の方と二人三脚でつくっていきます。

ーー本の執筆に前向きでない著者の方をどのように口説きますか。

恋愛に似ているように思っています。好きと思ってもらえるまで、振られない程度に何回もアプローチします。紙の手紙を送ったり、自分が編集した本を送ったりと、こんなに本をつくりたいんだというエネルギーをひたすら真っ直ぐに伝え続けます。

ーー著者の方との最初の打ち合わせはどの段階でされていますか。

社内で企画が通っている/通っていないに関わらず、「企画進行の合意」をいただけた直後に最初の打ち合わせをすることが多いです。その際、社内で企画が通っていることは少ないので、まずは「企画書づくり」について相談させていただきます。どんなテーマをどんな読者に、どんな形(パッケージや構成)で本にするかを話し合います。

ーー編集を担当した本が、疎遠な分野の場合、どのように進められていますか。

まずは、「わからない」という前提でそのことを受け止めるということから。過去に「ボイストレーニング」の本を担当したことがありますが、全く関わったことのない分野で…。わからない者として何ができるかを考えて、「何も知らない私がわかれば、読者の方にも伝わるだろう」と、知識がないことを前提として編集しました。専門用語が多い場合は解説を適宜加えるなど工夫をすれば、より読者の方に伝わりやすいと考えています。

編集を通して著者の人間像を描く

ーー編集者の方の仕事量が最も多くなるのはどの段階ですか。

仕事の進め方にもよりますが、私が最も時間を割くのは、企画と最初の目次作り。物理的なことでは、著者の方から頂いた原稿が、目次や企画のコンセプトに沿っているかを確認・調整する原稿整理です。

ーー本の編集は、個人またはグループのどちらで担当されていますか。

私が担当している書籍に関しては、ひとりで担当することが多いですが、タイトルやカバーに関しては、いくつか案を出して、チームで検討します。全体的な作業は、ひとりで行うことばかりですが、視野が狭くなったりアイデアが広がらなかったりするときも多々あるので、チームの人から意見やフィードバックをいただくことは欠かせないプロセスです。担当編集が本の基礎や全体像を設計・構築し、チームでよりよいものへと磨いていく感覚です。そうしていく中で、著者と担当編集者でつくった本の個性がより多くの人へ届く形になると考えています。

ーー書店との関係の構築はどのようにされていますか。

書店さんと直接関わるのは営業部なので、基本的に編集の立場で書店さんと接点を持つことはありません。ただ場合によっては、個人的に書店の方へ本をアピールします。あるいは、担当書籍のイベントを提案・開催することで、書店さんとご縁をいただくことがあります。普段は関わることが少ない分、このようにして接点を持つことで新しい気づきを得られたり励みになったりもなるので、そういったプラットホームをつくることも編集者としてできることだと思います。

画像1

(志摩さんの今の自宅デスク)

プライベートと仕事の境界線は、点線が良い

ーーコロナウイルスの影響で働き方が大きく変わったと思いますが、変化に伴って実感された利点・不利点はありますか。

2020年の2月からリモートワークに変わりましたが、全体的には利点の方が多いと感じています。通勤がなくなった快適さに加えて、プリンターやスキャナーなどの設備を会社から支給してもらったので、不便なく編集作業ができています。何より、プライベートの時間、特に食事の時間を充実させられました。ただ、同僚との普段の他愛ない会話から生まれるアイデア出しがしづらいことは寂しく思っています。

ーーオンラインでの著者の方との打ち合わせで変わったことはありますか。

著者の方は、本業で多忙な方ばかりなので、普段から電話で打ち合わせをすることが多く、大きく変わったことはありません。ただ、自己啓発本など、著者の方自身が主役になる本については、直接話を聞くからこそ感じられる人柄や温度感が必要なので、テレビ電話だと不十分に感じることもあり、その際は直接会うお時間をいただきます。

ーー出版社の方は、不規則な生活になり多忙を極める時期があるというイメージがありますが、志摩さんは趣味のミュージカル鑑賞や料理など、プライベートの時間も充実させられています。ワークライフバランスの取り方について意識していることはありますか。

私の場合、仕事と割り切ると重荷になることがあるので、完全に分けて捉えないようにしていて。そうすることで、自分の興味のあることを仕事で生かせたり、逆に仕事での出会いがプライベートの生活での刺激になったりします。

例えば、以前編集を担当した『やせるパスタ31皿』(スギアカツキ)に関しては、プライベートでも興味があって編集してみたいと思っていた初めての料理本だったこともあり、すべてのレシピを実際に作ってみたりしました。興味のある分野を私生活で実践することは全然苦でなくて、むしろ楽しいことです。

本から生まれる人との出会い

ーー『やせるパスタ31皿』(スギアカツキ)の他にも、特に思い入れのある本はありますか。

1社目に就職した編集プロダクションで、最後に編集した、『ネコの看取りガイド』(服部幸)という、猫の最期の3ヶ月のお世話の仕方をイラストとともに解説するという本です。イラストは、私と同世代の女性で、『こども六法』(山崎聡一郎)のイラストも手掛けた伊藤ハムスターさんと共同で考案しました。重いテーマを読者の方が気持ちを軽くして読んでもらえるように、くすっと笑えるようなイラストを150個ほど考えるのにかなり試行錯誤しました。ハムスターさんと一緒に作り上げたという達成感もありましたし、読者の方から「イラストに癒やされた」という反響もたくさんいただけて、力を入れた部分が読者の方と共鳴した喜びは格別でした。イラストレーターとしてどんどん活躍していく同世代・同性のハムスターさんとの出会いも宝物です。

ーー伊藤ハムスターさんも然りだと思いますが、本の出版に関わる過程で様々な人との出会いがあるなかで、志摩さんが影響を受けられた出会いはありますか。
 
特に私が影響を受けた方はおふたりいるのですが、おひとり目は6年前にお会いしたある大先輩編集者Aさんです。当時私は1社目の編集プロダクションに勤務していましたが、忙しく、無理のある働き方をしていたこともあり、本が好きだという気持ちを忘れかけていました。そんな時、そのAさんから「こんなに楽しい仕事ができて、僕が会社に給料をはらいたいくらいだ」という言葉を聞いて、「30年以上も編集に携わってきた人がこんなにキラキラした顔で楽しいと言うんだから、編集という仕事はすごく楽しいに違いない」と希望が持てたのです。また、Aさんの趣味のひとつにミュージカルの鑑賞がありまして。「売れる本の編集者がしていることを私も実践すれば、私も売れる本がつくれるようになるかもしれない」という思いからミュージカル鑑賞をはじめて、いつの間にかミュージカルが私の趣味にもなっていました。

もうおひとりは、ある大先輩編集者Bさんです。その方は、大ヒットを連発される編集者なのに、学歴(大学)が私と同じで、「高学歴じゃないと出版社に入れない」という私の思い込みを壊してくれました。現在の立場に至るまでは、雑誌の編集者など、ハードな仕事を10年以上も経験されていました。Bさんに、そのときも1社目の編集プロダクションで私が苦しんでいたとき、「今は嫌なことがあるかも知れないけれど、苦しかったことや人間関係に心の底からありがとうと言える日を迎えることが、今の苦労へのいちばんの復讐だよ」とずっと励ましてくださり、私のネガティブな気持ちをエネルギーに変えてくださった恩人です。多忙な生活のなかでも投げ出さずにすんだのは、その方のおかげだと思っています。ちなみに、1社目で苦しんでばかりですが(笑)、その会社が悪いというよりは、単純に私の能力不足からの苦しみだったと今振り返って思います。

このお二人にお会いして、「自分が何をしたいかということが大切なんだ」「私は出版社でもっと深く本作りに関わりたいんだ」と気づきました。そして、そのお二人がされていたビジネス書の編集者をゼロから目指そうと思い、日本実業出版社への転職を目指しはじめました。

「本の出版に関わりたい」という原点が形を成すまで

ーー本の編集を仕事にしたいと思ったのはいつ頃ですか。

本の編集とは関係がありませんが…。学生時代の将来の夢を遡ってお話すると、実は元々獣医さんになりたいと思っていました。中学一年生の時に飼っていたハムスターが死んでしまった時のショックがきっかけです。幼少期から「どうぶつ奇想天外!」という番組をずっと観ていて、とにかく動物好きで。でも理系科目が致命的に苦手だったので、文系に進み、獣医師の道はあきらめました…。今はイチ愛犬家として、実家にいるプードルを愛でています。プードルが犬のなかで一番触り心地がよくて可愛いと思ってるんです。(笑)

編集者を志したのは、大学生時代に5年ほどバイトしていた書店さんが閉店して、本棚から本がどんどんなくなっていくのを見た辛い経験が大きかったと思います。その時に、「本屋さんを救いたい」と思い、売れる本を出版することで書店の利益にも貢献出来る出版社が最も近いのではないかという考えに至り、編集職を選びました。そして、紆余曲折しながらも1社目の編集プロダクションに拾っていただきました。

ーー本に深く関わりたいという強い思いを持たれて、編集プロダクションから日本実業出版社に移られました。日本実業出版社に入社されて、実際に感じた編集プロダクションとの違いは何ですか。

出版社の方がより責任を持って本の出版に関われるという部分がやはり大きい違いですね。出版社では本が売れて初めて会社の利益になる一方で、編集プロダクションは下請けなので、仕事が発生した時点で利益になる。端的に言うと、本が売れなくても編集プロダクションの利益には影響しないという構造があります。そういった構造が無意識のうちに本のクオリティを深掘りする貪欲さに影響することは否めません。その点、出版社では出版した後も本の売れ行きをモニタリングして実感することが出来るので、より本の質を集中して考えられると感じています。

ーーその後、日本実業出版社から現在勤務されているディスカヴァー・トゥエンティワンに移られています。同じ出版社で移ろうと思った起因になる日本実業出版社との違いはありますか。

2社の決定的な違いは出版している本のジャンルです。ディスカヴァー・トゥエンティワンは創業35年ほどで、まだ世に出ていない新しいジャンルの本を世に出すことに意欲的な出版社です。それに対して、日本実業出版社は歴史が長くビジネス書の老舗出版社で、会社の大きな柱・原点は、税や法律などの専門知識を一般の人向けにした実務書です。どちらの出版社も価値ある本を誠実に編集しているという点では違いはありませんが、私のなかに「自己啓発書や新しいジャンルの書籍に積極的にとりくみたい」という思いがあったので、ディスカヴァ-・トゥエンティワンに移りました。

ーー志摩さんはご結婚されていますが、結婚を機に仕事や私生活における考え方が変わったことはありますか。

かなり変わりましたね。結婚してからは仕事と私生活に少し区切りを設けるようになりました。たとえば、携帯電話を見ない時間を作って完全に仕事をオフにする時間も持つようになりました。以前は「仕事で成功したい」「有名な編集者になりたい」という下心がむき出しでしたが(笑)、「目立たなくても良いから、大切なことを編集を通して伝えたい」と考えるようになり、自意識の現れ方が変わったと思います。結果的に、そのほうが本や編集とまっすぐ向き合えるように感じています。

時代の変化に捕らわれず編集者としての個性を研磨する

ーー電子出版やPOD出版など、本の出版の在り方が変わるなかで、編集の価値の維持や向上に必要だと思うことは何ですか。

編集者の属人的なことをもっと発揮することですかね。編集の作業としての方法はひとつなので、誰でも出来ますが、本には編集者の個性が出るように感じています。とはいえ、本は著者のものであり、読者のために存在するので、「出しゃばる」という意味での個性ではありません。しかし事実として、「この編集者が担当すれば売れる」「この編集者が担当すれば難しいテーマでも分かりやすく伝わる」などの特徴や傾向はあるので、その意味での個性や強みを個々の編集者がそれぞれの強みを尖らせるということが大切だと思います。 昔から、「編集者縛りで本を買う」といった本の選び方もしているので、「編集者(生産者)の顔が見える本」が大好きだという個人的な理由からでもありますが…!

ーー電子版の本と紙媒体の本どちらが有利だと思いますか?

電子版の本が今後拡がりをみせると考えられますが、本のジャンルや用途によりますね。私は編集において著者の方の人柄を感じられることを大切にしていますが、そのような本に関しては紙媒体の方が読者の心を打つ力は強い。一方、専門書など勉強を目的とする本など、利便性が重視されるものは、電子版の方が読者の方に選ばれやすい。このように、読者の方が選択肢を持てるような基盤をつくることも出版社の仕事だと感じています。

ーー本の出版において、AIで代替できない仕事は何だと思いますか。

著者の方との関係構築ではないでしょうか。AIの方が能力的に優れている点もありますが、著者の方との相性のような個性はないですよね。この編集者が好き、この人と仕事をすると良い本が生まれる、というように、著者の方に信頼され好かれるということはAIには出来ないので、その点を大切にしたいと思っています。

ーー編集に限らず、今後挑戦したいお仕事はありますか。

作りたい本でいうと、「台所の写真集」です。独り暮らしの人の部屋から、高級マンションまであらゆるジャンル、あらゆる人の家の台所の写真を集めたら面白いかなと。

ーー日常的に料理をする者としては、日々の生活感が染みついた多種多様な家庭の台所にはとても興味があります。日頃触れる機会がない分、是非見てみたいです。

他には、編集者として、著者の方と読者の方を繋げられるスキルをもったり、このインタビューのように編集の仕事を知ってもらうことに貢献したりしていきたいですね。

ーー志摩さんの考える書籍編集者とは何ですか。

ひとことで言うと、「言葉になっていないことを言葉にする仕事」。著者の方のマインドやハートなど、表に出ていないものを顕在化して読者の方に届ける役目だと思います。そのために、著者の方によってコミュニケーションの取り方を工夫していますが、どの著者さんとも「著者の方自身を全て受け止める気持ち」で本の編集をするということです。とはいえ、著者の方に助けていただいて円滑なコミュニケーションが成立することも多く、感謝しています。 志摩麻衣のポートフォリオ メディアの担い手のための審査制プラットフォームChrophy(クロフィー):ポートフォリオ作成からAI文字起こしまで chrophy.com

志摩麻衣
日本大学を卒業後、2013年に新卒で編集プロダクションナイスクに入社。その後、日本実業出版社を経て、2019年よりディスカヴァー・トゥエンティワンに勤務。主にビジネス書の企画・編集を手掛ける。過去に編集担当された書籍のポートフォリオはこちらから。

聞き手&執筆担当:栗山真瑠
株式会社クロフィー インターン
北海道大学獣医学部3年

インタビューを終えて:私はよく本を読む方だが、お気に入りの本に出会えると、次もその著者の本を探す。しかし志摩さんのお話を聞いて、読者の心を打つような本は、編集者の方が練り上げた言葉や構成があってこそ生まれるのだということを感じた。編集という仕事は、本の出版における必要不可欠な縁の下の力持ちだと感じた。

本連載企画について:記者ら、メディア関係者のための業務効率化クラウドサービス『Chrophy』を開発する株式会社クロフィーでは『学生が迫る、メディアの担い手の素顔』と題した本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、カバーイメージは高橋育恵、サポートは土橋克寿
ご質問などございましたら、こちらの問い合わせフォームよりご連絡願います。また、弊社のインターン採用・本採用にご興味を持たれた方は、こちらの採用情報ページよりご連絡願います。

記事一覧へ戻る

Media Book Newsletterに登録しませんか?

近日配信開始予定のMedia Book Newsletterにご登録いただくと、メディア関係者の関心事を掘り下げるインタビュー記事や、広報PR関係者の最新ナレッジなど、メディア・広報PRの現場やキャリア形成に役立つ情報をお送りさせていただきます。ぜひ、メールマガジンへご登録ください!


※上記フォームへメールアドレスを入力後、本登録を行わないとメールマガジンは配信されませんのでご注意願います。
※本登録のご案内メールが届かない場合、迷惑メールボックスをご確認願います。