新卒で静岡新聞社に就職したのち、自身のキャリアアップのためにPRコンサルタントへ転職。しかし、「自分で記事を書いて情報を直接発信したい」という思いに気付き、現在はビジネスパーソン向けのWebメディア『BUSINESS INSIDER JAPAN』の記者となった土屋咲花さん。自身の地元を大切に思う土屋さんに、「情報を発信することの意義」や「地元にできる貢献」について迫った。(聞き手&執筆:奥村亮佳 編集:小南陽子 連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)
上京して気づいた地元の魅力
ーー新卒入社で静岡新聞社を選ばれたのはなぜですか?
私は静岡県出身で、地元に恩返しや貢献をしたいと思っていたのが一番の理由です。ただ大学へ進学する時は、田舎の地元があまり好きではなく、都内の大学ばかり受験していました。就職も都内で考えていたほどです。
ですが、都内の大学に通いながら「地元」と「憧れていた東京」の違いを見るうちに「地元ってやっぱりいいところだったのかもしれない」と思うようになりました。また、「どの県が一番人口が流出したか」という調査をたまたまニュースで見かけ、なんと2位に静岡県がランクインしていたんです。それにショックを受け「地元のために仕事がしたい」と思いました。
記者になった理由はいくつかありますが、在学中に友人に誘われて静岡出身の大学生が開催する「しずおか展」という展示会に参加したことが、最初の職業選択につながったと思います。そこで私は、展示会の準備などの様子を取材して新聞にまとめる担当をしました。小規模の展示会でしたが今でも大事な思い出です。
静岡新聞社に勤務し感じたギャップ
ーー静岡新聞社で働かれていた時のことについて詳しくお聞きしたいです。
静岡新聞社時代は全部で3カ所経験しました。最初が本社の社会部で、2カ所目が山間地の支局、3カ所目が浜松市でした。どこも優しい人が多くて、自然や観光スポットも充実していて良いところだなと実感しました。
当時は駆け出し記者と同じような動きをとっていました。警察署に行ったり、事故現場に行ったりするような感じですね。地方紙なので、記者の人数がとても多くて外勤記者の人数は100人を超えていたと思います。全国紙では静岡県全体を見るのにそこまで人数は配置していないと思いますが、100人以上の記者が各自治体ごとに満遍なく配置されていたので、より深いニュースまで拾うことができていました。
新聞記者の仕事はやりがいもあって、地元のために働けている実感が直接得られる場面が多く、とても楽しかったです。一方で、直接的な決め手の出来事があったわけではありませんが、「私はこのままで大丈夫かな」と徐々に思うようになりました。
というのも、やはり新聞は書き方などのルールが画一的でなかなか新しいことをやりづらい一面があると感じていたんです。この先の10年、何十年間、今やっている仕事の繰り返しになってしまうと、自分が成長できる伸びしろが少ないと考えて、違う会社に転職してみようと思い始めました。
ーーそれが転職を考え始めたきっかけだったのですね。
はい。転職してどこにいくかとまず考えたときに、「せっかくなら新しいスキルが身につくような企業に行きたい」と思って、PR業界に目を向けるようになりました。
PRは、自分一人で記事を書いて出すというより、一つの情報を、テレビや新聞、雑誌、Webなどの色々なメディアに向けて、それぞれ切り口を変えて紹介していく仕事です。それは結果的により多くの人に情報を発信できる仕事だと思い、興味を持ち、思い切ってPR会社に転職しました。
関東と地方での情報量の差を痛感
ーーPRコンサルタントとして働かれていた時のことや、思い出深いエピソードなどあればお伺いしたいです。
PRコンサルタントとして働いていたのは、1年くらいでしたがとても勉強になりました。
地方の新聞社からPRに転職し関東で勤務するようになって「関東と地方でこんなにも情報量に差があるのか」と身をもって実感しました。プレスリリースの量・取材の機会などは、圧倒的に関東の方が多いです。
また、新聞社にいたときは他の新聞社しか意識していませんでしたが、PRコンサルタントに転職して「新聞社以外にもこんなにもたくさんのメディアがあったんだ」と気付かされました。
当時私の担当した案件がテレビの取材を受けたこともあって、テレビの影響力は新聞やWebメディアよりも大きく、放送後のTwitterなどでの反響を見て、より多くの人に情報を波及できたと感じることもできました。
自分で記事を書くことに意味がある
ーーではなぜ現在のお仕事であるBUSINESS INSIDER JAPANへ、記者としてまた戻ろうと思われたのでしょうか?
先程のPR時代にテレビに取り上げられた時、テレビ番組に情報提供をするお手伝いができたのは楽しかったのですが、私自身がその番組を作ったわけではないため、直接的な手応えややりがいを感じることができませんでした。
その時に、「自分でコンテンツに関わったほうがやりがいを感じられるんだ」と気付いたのです。PR会社を辞める時に、上司にストレートに「やはり自分で記事を書きたいです」と言ったら、「わかりました。でもすごいしっくりくるよ」と言って頂けて、その言葉がとても嬉しかったです。
PRから記者にまた戻ろうと思った時に、「これからはやはりデジタル、Webの時代だろう」と思いました。新聞社に勤めていた当時から、「この記事はWeb展開すればもっと多くの人の目に留まるのにな」「デジタルに特化した記事の書き方、もっと読まれる書き方を学びたい」と感じていました。だから、記者としてデジタルコンテンツに挑戦したいと思ったんです。
その中でBUSINESS INSIDER JAPANは、元々読者として取り上げている記事の内容に好感を持っていました。また、記者数が少ない中でそれぞれの個性を出しながら1つのメディアを作っていると感じられて、「ここで働きたい」と考えました。
ーーBUSINESS INSIDER JAPANに入社された当初の、今までの職業とは違うと思った点や先輩からのお言葉などはありましたか?
入社時に「この会社はベター・キャピタリズムを大事にしています」と言われました。つまり、この会社の方針は「利益だけを求めて成長しようとする会社よりも、利益を出しながら社会的に貢献している会社や、社会問題の解決に取り組んでいる企業を中心に取り上げていこう」ということです。私は、元々BUSINESS INSIDER JAPANを読んでいて、それは感じ取っていたので大きなギャップを感じることはありませんでしたし、むしろ安心しました。
BUSINESS INSIDER JAPANでの仕事は、同じ記者でも新聞社時代と比べると異なる点が多いです。例えば、1つの記事の文字数が異なる点や、片っ端から取材に行くわけではない点、あとは、新聞記者の時は出勤したら必ず原稿を出さなくてはなりませんでしたが、BUSINESS INSIDER JAPANではそういったことはありません。
会社の人数で見ても、全国紙や他のメディアよりも少数規模で、会社として「大手メディアが取り上げるようなことを同じように書いても意味がない」と考えていて、私はこの方針に心から賛同しています。その分、独自の切り口を考えたり、他社が書いてこないような内容をまとめることを常に意識するようになりました。そこに難しさも感じつつ、新聞社とは違う面白さがあるなと感じています。
ーーBUSINESS INSIDER JAPANで執筆されている記事のテーマは土屋様がご自身で決めていらっしゃるのですか?
そうですね。基本的に取り上げたい内容は自分で決めることが多いです。ただ、事前に会議があるので、「これを取り上げたら面白いだろう」と感じたことや「この業界は興味深いな」と思ったところを提案して、「これはやる価値がある」と判断されたものを取材に移しています。
ーー記事の見出しを決めることは意外と難しいと個人的には思っているのですが、土屋様が見出しを決める際に気をつけていることや工夫していることなどあったらお聞きしたいです。
私もタイトル付けについては勉強中です。新聞社の時は記事を書く人と見出しを付ける人が別々で、私は見出しをつける経験が浅かったため、今はその難しさを感じています。編集部の方に相談しながら、読者が読みたくなるようなタイトルにしようと努力しています。
特に、ついクリックしてしまいたくなるようなタイトルだけど、いわゆる「釣り」のようなオーバーな表現にし過ぎないようにする点に注意しています。そのために普段は、他の社員が書いた記事やYahooニュースの見出しなどを見るようにして、なぜ自分がこの記事をクリックしたくなったのか理由を考えながら勉強しています。
読者の方の「地元」ニュースを届けたい
ーー今後挑戦してみたいことや力を入れてみたいことなどはありますか?
今は、スタートアップ企業やアパレル業界などを中心に取材していますが、その分野に加えて、全国のローカル企業の話も取り扱っていきたいと考えています。
理由としては、新聞記者時代に地方の小さい町を担当していた時、偶然取材先の方が新聞の読者で「いつも読んでいます」と言って頂いたことがありました。その方は、その町の出身ではあるけど、今は都市部に住んでいて「いつも地元のことがニュースになると嬉しい」と仰っていました。この方のように、BUSINESS INSIDER JAPANの読者の中にも、地方出身で今は都内近郊に住んでいる方も多いと思います。
また、地方の色々な問題や企業の話は他の地域にも共通していたり、他のエリアから学んだりできることがあると思うので、全国のローカル情報を発信していけたら良いなと考えています。
ーーこれまで記者のお仕事を経験されてきた中で、記事を書き、発信していくことの魅力を土屋様の目線でお伺いしたいです。
記事を書いて発信することの魅力は、「読んでくれた誰かの行動や意識を変えられること」です。そして誰かの行動や意識を変えることで、世の中を少し良くできる可能性があると思っています。
新聞記者の時に、コロナ禍で浴衣が売れなくなってしまった問題について取り上げたことがありました。その際に読者の方が応援してくれる動きがあって、地域の地場産業に貢献できたことがありました。そういった手応えを感じられたとき、「情報を発信できる仕事」の良さを改めて実感します。
土屋咲花
静岡新聞社に勤務後、PRコンサルタントに転身、その後BUSINESS INSIDER JAPANに転職し、現在は再び記者職になる。
聞き手&執筆担当
奥村亮佳
株式会社クロフィー インターン
日本大学法学部3年
編集後記:
今回のインタビューを通して、「仕事を通じての自分の成長」について改めて考えるようになりました。誰でも出来る仕事ではなく、自分にしか出来ない仕事や、自分のスキルアップに繋がる仕事をし続けている土屋様の考え方はとても素敵だと思います。
また、大学は違いますが同じ新聞学科ということで、新聞についての話題でも土屋様とお話しすることが出来て貴重な体験をさせて頂きました。そして、メディアの形もデジタルが主流になってきている時代で、「情報を発信する立場の人間が読者のために出来ることは何か」を改めて再発見することが出来ました。