【日本語のプロ、校閲記者】信頼できる情報を大手メディア56社へ配信、共同通信社の舞台裏とは?

記事や写真説明、図表などの間違いを見つける、ミスの許されない校閲の仕事。共同通信社 校閲部 酒井優衣さんは、この仕事を始めて6年目になるが、謙虚に仕事に向き合い続けている。共同通信社はNHKや大手新聞社をはじめとして56社以上に記事を配信しているが、どのようにミスをなくしていくのか、どのような思いで仕事をされているのか、日本語のプロである校閲記者に聞いた。(聞き手:横山智咲  連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)

災害で痛感した報道機関の重要性

――大学卒業後、最初は時事通信社で働いていたそうですが、入社のきっかけは何だったのでしょうか。

元々マスコミに対して漠然とした憧れがあったのですが、就職活動を意識し始めた頃に東日本大震災が起こり、報道機関への就職を考えました。ただ、記者を目指すかと言われると勇気も自信もなく、アルバイトの経験から営業職であれば私にもチャレンジできるかなと思いました。

そして社説など特定の色がない通信社の方が新聞社より自分に合っているかなと考えたのですが、当時、通信社の中でも営業職があったのが時事通信社でした。

――東日本大震災が起こった時に報道機関が良いと思ったのはなぜですか。

電車が止まったり計画停電になったりした時、報道機関が伝えている情報の重要性を痛感しました。それをきっかけに、エンタメ系の部署に配属される可能性があるところではなく報道機関の方が社会的なやりがいや意義があると考えるようになりました。

――その後、時事通信社で働かれる中で、何がきっかけで校閲の仕事に関心を持ったのでしょうか。

営業の仕事で偶然、校閲の真似事のようなことをする機会があったのですが、それが結構楽しかったことがきっかけです。元々、ニュースのテロップなど何か文章があると、読んでしまって間違いに気づきやすいという自覚もありました。

それで仕事として興味を持った時に、自分に校閲ができるのかを試す意味でも、どこかの筆記試験だけでもチャレンジしてみたいと思いました。当時、新卒3年目で、第二新卒でも挑戦できるということで探した時、ちょうどライバル社の共同通信社が募集をしていたので受けてみました。

――筆記試験でも、実際に校閲を行う問題があったのでしょうか。

ありましたね。漢字の書き取りや日本語の正誤問題、文章から誤字脱字を探すなど。結構成績が良かったと聞き、それならば私にもできそうかなと思ったので、内定を受けました。

――大学は文学部出身とのことですが、元々日本語や漢字が得意だったのでしょうか。

多少は得意だったかもしれませんが、大学までに学んだ知識が今の仕事に繋がっていると感じられるような経験は、個人的に全くなくて。日本文学科を卒業しているのですが、そもそも高校時代に全く勉強していなかったため、国語がメインであれば私でも受かるのではないかと考えて受験した学科でした。大人になってから勉強していなかったと言うと謙遜なのではとも言われますが、本当にしていなくて。当時の担任に高卒認定試験を勧められて受けたぐらい出席日数も危うく、本当に不真面目でした。

本も好きだったわけではないので最低限しか読んでいなくて、その後の人生に生かせる学びがあったかというと本当にないんです。強いて言えば、文学部だからということで漢字検定準一級だけ取ったことがあり、それが筆記試験では役に立ったのかなと思っています。

しかし逆に言えば、校閲は未経験の方にも門戸が開かれている職種なのかなと思います。専門知識を持っていたり日本語にとても詳しかったりしたわけではないですが、最低限の漢字を書けて気付くべきところに気付けたから、可能性に懸けようと思ってもらえたのかなと思っています。

――元々細かいところに気づきやすいところが強みだったのでしょうか。

6年目に入って思うことですが、細かいところに気づけるかどうかはその人の生まれもったものが大きいのかもしれません。ミスを見逃しやすいところを把握して経験値が増えても、ミスを見つけられる人と見つけられない人がいるように思います。

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(記事の執筆や校閲の基準になっている)

全ての配信記事を確認する

――どのように校閲の仕事は行われているのでしょうか。

共同通信社では1校と後校閲という2段階で校閲を行っています。1校は、配信前のチェックで、例えば120行くらいの文章なら7~8分程度で確認します。その短時間で事実関係まで全て調べることはできないので、固有名詞や数字などに誤りや矛盾がないかを確認するので手一杯です。そして後校閲では、配信された記事についてじっくり事実関係を掘り下げて読んでいきます。

――担当する記事の内容は決まっていますか。

内容は社会や外信、経済などから運動、科学など日によってバラバラです。あとは写真のキャプション(説明文)やグラフィックスなど、基本的には新聞に載っていること全てについて、間違いがないか確認します。得意分野はあった方が良いのですが、担当といったものは特にありません。

――細かい知識が必要な分野もあるかと思うのですが、その都度調べるのでしょうか。

専門紙ではなく一般の人にも分かる書き方をする必要があり、そこまで高度な知識を求められるわけではないのですが、ゼロから調べていると時間がかかってしまうので、基本的には記者を信用しています。どうしても分かりにくかったり間違っているのではと思うところがあった場合は、出稿部の記者やデスクに確認します。

そのため全てに専門知識を持っているわけではないんです。例えば私はいまだに野球のルールが分からないのですが、スコアに間違いがないかどうかは確認できます。校閲記者はそういった特殊な能力が身に付きます。

――新聞の用語を頭に入れて間違いを見つけていく作業は慣れるまで難しいと思いますが、入社後はどのように仕事を覚えていくのでしょうか。

新聞用字用語集の内容全部が頭の中に入る人はいないし、全ての用語が毎日出てくるわけではないので、よく出てくるものを中心に覚えています。内容については、入社後に研修で一通りざっくりと教えてもらいました。

入社したらまず比較的急ぐ必要のない後校閲に加わって、出た原稿をひとつずつ調べていって文章を確認していく方法を身に付けます。そこで慣れてきたら、初めて先輩と一緒に1校に参加して仕事を覚えていきます。

――通信社は多忙なイメージがありますが、どのような働き方をされているのでしょうか。

多忙というイメージを持たれると思うのですがそうでもないです。確かに早朝のシフトであれば朝6時半に出社するし、深夜のシフトでは2時まで働いて、選挙やオリンピックの時は泊まりになることもあって不規則ではあります。しかし前職ほど残業が頻繁にあるわけではなく、シフトの範囲で突発的なことにもある程度対応できるようになっているので、慣れれば多忙ではないですね。

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今までいかにミスを見落としてきたか

――これまで、校閲の仕事を経験される中で苦労されたことは何ですか。

入社前は、単純な誤字脱字は見逃さないだろうと勝手に思っていました。それは単にミスを見逃した後に発覚する機会がなかったからなのですが。実際に仕事をして、いかに自分が今まで見逃してきたものが多かったかということに気づきました。単純な誤字脱字はぼーっと眺めている方が見つかるのですが、変換ミスは意味を理解しながら読み進めていかないと見落としてしまいます。

さらにスピードを求められる中で出稿部から何回も電話がかかってくることがあります。通信社では、急いでいる出稿部がひとまず記事を送った後で文章をチェックして、整理部などの部署を通って校閲部に来た段階で「この文章をこう変えてください」と電話をかける場合もあるんです。ここは、完成した原稿を直す出版社とは違うところですね。

何回も電話を取って文章を直しながらスピードを求めて確認をすると、どうしても見逃しが出てしまいます。そこは一番苦労したことでもあるし、いまだにベストコンディションの保ち方を模索中です。

――共同通信社は2014年から校閲専門記者制度を導入したそうですが、それによって社内で変化したことはありますか。

以前は、他部署から異動してきた記者が校閲を行う場合が多かったのですが、基本的に未経験を前提に大卒や中途をゼロから育てていく形を2014年から導入しました。それまでと違い、校閲をやりたいと思って試験をパスしてきた人が集まってくるので、配信された原稿の訂正本数が減ってきています。

以前は他部署と衝突があるなど校閲部を好いていない人もいたのですが、そうしたことも減り校閲部に対する社内の信頼も徐々に上がってきたように感じています。

――女性が働きやすい職場づくりは進んでいるのでしょうか。

上の世代は男性が多いのですが、同世代はそうでもありません。特に校閲部に入社してくるのは自然と女性が多く、会社としても女性が働きにくくなると立ち行かないので職場環境の改善は進んでいると思います。古い価値観の人はまだ残っていますが、制度としては女性が働きにくかったりライフスタイルが制限されたりすることはないと思っています。

――ウェブメディアが発達している中で、何か影響はあるのでしょうか。

共同通信社の校閲部は基本的に紙媒体向けで、ウェブメディアが読者に読まれるように文章の書き方を変えるなどしても、私たち校閲部には影響がありません。ページビューを稼げればいいということではないので、受け取った記事を正しく、信頼性を守っていくということを重視して行っています。

質問の趣旨とは少しずれますが、報道機関の役割の一つは権力の監視だと思っているので、つまらない・読まれない定例記者会見の内容などでも、配信し続けることに意味があると思っています。

情報の正しさを守るために

――校閲をする中で大切にしていることはありますか。

自分自身の感覚を信じすぎないことかなと思っています。例えばある言葉に対して、本来辞書にないネガティブな感覚を持っている人がいるなど、言葉に対する感覚は個人によってずれがあります。誰かが違和感をもった文章を、マスメディアとしてそのまま発信するのはよくないと私は思うのですが、とはいえ直すべきか自分の思い込みなのか判断するには、5~6年では経験値が足りないと感じています。報道機関の人間として、自分の感覚で堂々とスピーディーに判断できるようになっていく必要があると思っています。

また、世の中には辞書通りの意味で使われていない日本語もありますが、「間違って覚えている人が多いから」とそのまま使ってしまうことは、マスメディアとして良くないのではと個人的に思っています。

――世の中で間違っている言葉であえて正している言葉というと、例えばどのようなものがあるでしょうか。

例えばすぐ思いつくものだと「募金を集める」「敷居が高い」などが挙げられます。後者は「ハードルが高い」という言葉に書き換えるよう伝えることがあります。

あとは、新しい言葉もありますね。最近の例だと、当初は「新型肺炎」だったものから「新型コロナウイルスによる肺炎(COVID19)」に変わり、肺炎以外の症状が多いことが明らかになってきた段階で「新型コロナウイルス感染症」で統一しましょうという言葉の変化がありました。ちなみに私が入社した時に初めて覚えた統一表記は「過激派組織『イスラム国』(IS)」(2度目からISで統一)でした。

出版社とは違い、日本語についてじっくり考えるというよりミスをなくすことを重視していますね。

――文章を直すべきだと思う時、書き手の意思の尊重とのバランスはどのように取っているのでしょうか。

明らかに誤読を招く可能性が高い場合以外の、日本語の読みやすさや文章の書き方などは出稿部のデスクや整理部にお任せしていて、基本的に言及しないようにしています。その分、ミスを見つけることに集中し、校閲部は校閲部としての役割を果たしていくべきだと思っています。

他部署から異動してきた記者などで比較的こだわりが強い場合、そうした部分にまで言及しがちなのですが、そうすると全然関係ない変換ミスなどを見落としてしまうんです。どうしても直すべきだと思ったことだけは適宜伝えますが、最終的な決定権は書き手にあるので、少し違和感があった場合も間違いではない限りは書き手の意思を尊重します。

――校閲専門の記者として理想像はありますか。

会社の中での仕事や役割としての目標はないのですが、性格的にも自分の仕事のやり方や日本語に対しての感覚をあまり信用していないので、やはり日本語に対する感覚はブラッシュアップしていきたいです。

今はまだぎりぎり若手として扱ってもらえるので、指摘をする前に何度も校閲部内で確認していても慎重だと思ってもらえますが、10年後もこのままだと頼りなく映ってしまうのかなと思っています。自分の感覚を信じすぎないようにしている今のスタンスを失わないようにもしつつ、さらに自信をつけていきたいです。

酒井優衣
共同通信社 編集局 ニュースセンター 校閲部
2013年4月、時事通信社に営業職として入社。2015年11月、校閲専門記者として共同通信社に入社。

聞き手&執筆担当:横山智咲
株式会社クロフィー インターン
東洋大学社会学部2年

インタビューを終えて:以前からずっと気になっていた校閲の仕事について聞きたいことを聞くことができ、校閲の仕事は簡単ではないが大変重要であり、責任感を持ちながら仕事をされているのだと分かりました。また、紙の新聞の需要が下がる中での報道機関の役割について改めて考えさせられました。後から振り返るとまだまだ掘り下げ不足だったと感じた今回の取材ですが、今後も一つ一つ丁寧に行っていきたいです。

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