霞が関で積み上げたキャリアを見直し、興味の赴くままに未経験で飛び込んだ広報PRの世界。グリーやSmartHRを経て、現在日本最大級の法律相談ポータルサイト等を運営する「弁護士ドットコム」で活躍する渡邊順子さんは、広報PRで何を追い求めるのか。「直感くらいしか大事にしていない」と笑う渡邊さんに、その胸の内を聞いた。(聞き手:一木万由子 編集:庄司裕見子 連載企画:学生が迫る、広報PRの担い手の素顔)
みんなが知らないようなサービスを伝えられる
ーー2022年現在の渡邊様のお仕事について、概要をお聞かせください。
法律相談プラットフォームや電子契約など、リーガルテックのサービスを提供する弁護士ドットコム株式会社の経営企画室で広報をしています。そこでは、会社の発信を通じてメディアの方や間接的にはサービスのユーザー、株主を中心としたステークホルダーとの良好なコミュニケーションの形成を目指しています。具体的な活動で言うと、プレスリリースを公開する作業や、そのために業界や会社の各所で何が起きているかのインプット、事業成長に反するようなメッセージを止める門番的な役割を担うこともあります。大枠では、会社や事業部が行う活動を編集して、アウトプットするという流れです。
ーーこういった仕事は手探りで進めていくことも多いと思うのですが、広報PRというお仕事の魅力は何だと思われますか。
事業フェーズによって変わるのですが、社会的なポテンシャルを持つサービスを伝えられることや、そういった事業を通じて社会をより良くしていこうとする会社のトップや起業家と一緒に動けることに醍醐味を感じています。
広報になって最初の頃は、それが楽しいだけで良かったかもしれませんが、発信に対して反響をいただいたり、責任が伴う立場にもなって、慎重になることもあります。つまり、サービスや会社の取り組みには理由がないと納得や応援はしてもらえません。その中で合意を取っていくことが難しいとは思いつつ魅力にも感じ、会社ってこういう風に動くんだ、ということが分かってきました。
小手先のメディア掲載やプレスリリースに一喜一憂するのではなく、長期的な目線であったり全体最適を意識しなければならないという責任を伴ってきたことが、魅力というより手応えとして感じる部分ですね。
ーー広報PRは、会社の中核でお仕事をされるのですね。
会社の考え方や規模、そのフェーズによりますが、私は中核というか、経営のより近いところにいた方がいいと思いますね。会社の重要な指標や動き、決定事項とその背景がわかりやすいところにいた方が、絶対に良いです。発信する時だけもっともらしい理由を考えても、そのズレは滲み出てしまうものです。
興味の向くまま、新しい環境に飛び込む
ーー大学を卒業されてから色々なキャリアを経験されている中で、どうして広報PRのお仕事に興味を持たれたのですか。
大学卒業後は国家公務員として経済産業省で働いていました。学生の時は民間企業で何をやってるか全然わかっていなくて、公務員以外の選択肢が分からなかったんです。約8年いたんですが、経産省って役所の中でも民間企業と仕事をすることが多くて、そっち側の方が面白いだろうなということがだんだん分かってきたんですね。
役所の働く環境って今はだいぶ変わっていると思うんですけど、当時の私にとっては過酷でした。今でも覚えてるのは、私の上司にあたる管理職の女性が、夜8時とか9時になってようやく乾いてどうしようもないコンタクトからメガネに変えて気合を入れていたんです。私もいつかそこを通るのかなと思ったら、とてもじゃないけど目指せないなと感じ、30歳ぐらいで転職を考え始めました。
かといって、別のキャリアプランがあったわけではなくて、「どこでもいいからIT企業で雇ってくれるところはないかな」と思っていた矢先に、知人の紹介で、ゲーム事業などを展開するグリーに行きました。部署は2つくらい経験するのですが、消滅都市というプロダクトのコミュニティを担当したりして経験を積み、ITサービスが世に出るまでの感覚が掴めました。
そんな中、より社会的に意義があるもの、自分が納得できるものに携わりたいという思いが強くなっていた時に、クラウド人事労務ソフトを開発・提供するSmartHRで広報を募集していると聞き、当時全然広報のスキルがないまま飛び込んだという感じです。
ーー広報にはもともとご興味があったのですか。
なかったです。当時の広報って、自ら広告塔となっている方が多かったので、「特別なスキルが必要なんだろうな」とか「目立ちたい人がやる職業なんだろうな」とか、そういうイメージがあったんです。でも、SmartHRのステーホルダーには役所や士業の方もいて、じっくりとした対話が重要そうだなと感じていました。
ーー新しい環境に飛び込むモチベーションは、どのような感情から起こるものですか。
SmartHRのときは明確でした。私自身の体験でもあるのですが、会社に入る時や年末調整の時って、社会保険に関する大量の書類を書かされるんです。医療や年金の恩恵を受けられるにも関わらず、書類にはわかりにくい専門用語が多くて、手続きがすごく苦手。なので、間違いも多いから怒られるという負のループでした。SmartHRはそれらの書類の記入や手続きをソフトウェアで解決するサービスで、一度見たとき「なんだこのすごい発明は」と驚きました。携われるんだったらなんでもいいからやらせてください、といったスタンスでしたね。
着実に伸びていくだろうなっていう勘
ーーそのような経験を経て、現在は弁護士ドットコムで働かれているのですね。
SmartHRは、今でも成長し続けている組織ではあるんですが、広報として違うステージでの場数を踏みたいなと思ったんです。弁護士ドットコムは、4つの事業の一つ一つにインパクトがあって、ステージとしても前職とは異なる上場企業なので、さらに急ピッチで色々なことを経験できるんじゃないかなと思い転職を決めました。
ーー転職のきっかけは何だったのですか。
私がいた頃のSmartHRは、成長曲線が急激だったんです。その曲線が緩やかになってきて少し立ち止まった時に、会社としての知名度はかなり上がったけれど、広報として他でも通用するのか知りたかったんです。会社はこれから1→10のフェーズでしたから、0→1を経験した私が抜けることで広報を見直したほうが良いとも思いました。SmartHRの経験のおかげでスカウトをいただく機会も増えて、契機だと思う出来事が重なりました。
弁護士ドットコムの事業である電子契約サービス『クラウドサイン』と『SmartHR』は、業種が限定されないBtoBという共通点があり、領域が近かったんです。ちょうど転職を考えていたタイミングで声をかけていただいて、4事業どれもおもしろそうという点と、上場企業でありSmartHRとは全然違った何かがありそう、と感じました。
創業者であり弁護士資格と国会議員の経歴を持つ元榮さんがどんな方か見てみたいっていうのもありました。いつもそうかもしれないんですけど、好奇心が大きいですね。何を得られそうか、それ以上に自分に何が貢献できそうかのバランスを慎重にみているところはあります。
ーーメディアが情報を欲する時期を掴み取るために、されていることはありますか。
一つは新聞を読み比べることですね。新聞は弁護士ドットコムの会長や社長も読んでいて、ここ載ってたねとか、ここ調子いいよねといった会話が目線合わせにも繋がりますし、新聞だと、業界に特化したり企業規模に偏りが見られたりということがないので、世の中を満遍なく掴めるのかなと思います。私の中でですが、読みやすくて広くカバーできるものが日本経済新聞とWBS(テレビ東京系の経済ニュース番組)だったので、これは毎日見るようにしています。他の媒体も見てるのですが、決めて見るようにしてるのはこの2つですね。業界のニュースは、メールで通知が来るようにしていたり、SNSのフィードに流れてくるので、入り方は違えど日常的に読んでいます。
広報になりたての頃って何をやっていいかわからなかったので、わかりやすく評価してもらえそうなメディアプロモートを頑張ろうという目標を持っていた時があって、その時は特に見まくりました。
ーー弁護士ドットコムにて新人賞を取られた際のインタビューで、「裁量大きく働いている弁護士ドットコム」とおっしゃっていました。弁護士ドットコムは他社の広報PRと何が違うのですか。
創業者が弁護士であり、今でこそ広く使われるようになったリーガルテックの先駆けであることです。事業も手堅くて、入社したら何かものすごい秘密が中に隠されているんじゃないかと思って、興味本位なところも大きかったんですね。カルチャーとしては、弁護士ドットコムって何をやるにも一人ひとりがすごく考えていて、やる理由を明確にするスタンスがあるように思います。
今の弁護士ドットコムは、法律相談プラットフォームとクラウドサインの2つが主軸になっているのですが、いずれも明らかにみんなが欲しいサービスだなって思えること、納得してやれるというところも大きいです。
ーー自分の直感と好奇心を大事にされているのですね。
直感ぐらいしか大事にしてないですね笑。ただ、直感を得られるまで情報収集や体験はかなりしていると思います。
いくらやっても答えが出ない難解さ
ーー自分が広報で会社を変えてやるという意志が感じられます。そのような自信やモチベーションは何に起因していますか。
そこは難しい、この説明ができない点にある気がしています。例えば営業をやっていたとして、何か数字を目標にしてそれを達成していったら、たぶんまた私は職種とか環境とかを変えちゃう気がするんですよね。
広報がいる企業といない企業って比較すると、いる方が勝率が高いのって明らかなんです。具体的に何が繋がったか、点では伝えられないのですが、「あ、ここ広報いるな」とか「広報いないな」とか、雰囲気でもわかります。明らかに広報がいた方がいいのに、それがなぜかは抽象的にしか説明できないし、じゃあこれをやったらうまくいくというものも無いですし、その難解さにある気がしてます。やってもやっても答えられないから、わかるまでやってみようかなっていう感じですかね。難しいから、やってる気がします。
当然、結果は出したいです。どうしてもわかりやすい結果だとパブリシティの獲得とかにはなってしまうんですけど、それは手法・手段であるので、その先に何があるんだろうっていうのをずっと追い求めている感覚があります。
ーー広報がいた方が勝率が高いのに、置かない会社があるのはなぜですか。
広報に価値を置いていないっていうことだと思うんですけど、発信するものは何もないと思っていたり、形式的なお知らせぐらいだったら整えられるとか、最低限でいいよって思ってしまうときは置かないんだと思いますね。別に広報を置かなくても会社はまわるんですよ。置かないケースも私は納得ができて、割とシビアではあるんですけど広報の力量次第になるところはあると思います。なので採用と兼任にしたり、総務や管理部門が窓口になるというケースもよくあります。
ーー広報PRのスクール教育にも関わられていますが、後輩の教育にも力を入れているのですか。
自分が広報になりたての頃ってだいぶ困ったんですよね。未経験なのに気軽に相談できる人がいませんでした。特にスタートアップの広報は会社に1人しかいないケースが多く、いたとしても少人数の体制なんです。直接的に売上に貢献できるポストではないですし、自由に動ける点では最適だと思います。ただ、存在意義も含めて経験や実績を重ねるまで、組織図上だとしても1人は非常に心細いものです。
それが一つと、広報って頑張りたいのに頑張れないっていうケースが結構多いんですね。どうしても事業の成長にも寄ってきてしまいますし、例えばここ数年盛り上がりを見せる資金調達を実施する企業もあれば、しない企業もある。かなり不確実性が高くて、それでも頑張ってる方を応援したいですし、私も広報の皆さんとの繋がりに助けられることが非常に多いです。
事業においては、その成長の過程において打席に立てる経験も組織によって差があります。でもそれって玉がきた時に打たない理由にはならないんですよね。なので、私が経験してきたことで誰かの背中を押せるのだとしたらお伝えしていきたいし、ある程度の型が決まってる業務も一部はあるので、シェアして役に立つのであれば、嬉しいです。
会社がある理由を明確にしていく
ーー目標を設定するのが難しいお仕事ですね。
会社が0→1を生み出すタイミングでは、情報の発掘をしていくのですが、弁護士ドットコムのフェーズである1→10のプロセスにいる中では、1つの点としてプレスリリースやメディア掲載を積み上げていく中で、振り返った時に何が残ってたんだろうという線と面を積み上げていく、紡ぐ作業なんです。これって例えば、想いや創業秘話を語れる創業者の方であればごく自然にやっているのですが、それが社内外に浸透しているかというと難しいですね。
会社がある理由を明確にしていく、点を線とか面に広げていく作業を担うのは広報なんだろうなって最近は思っています。
ーー目標が数値で出ないことで悩んだり苦しかったりすることはありませんか。
私、実は無いんですよね。たまに悩むことではあるんですけど、悩んでもしょうがないなと思って毎回悩まないと決めただけなのですが。すごく極論なんですけど、会社の業績と組織の雰囲気がいい感じであれば、それでいいはずと思っています。やってることは間違ってないんだなって考えますね。それが多分その時々で株価に表れたり、入社して来る人の数に表れたり、売上やカルチャーに表れたりするって、信じるしかないです。
ーー今後弁護士ドットコム以外で広報PRをやられる可能性や、広報PR以外のお仕事をする選択肢はありますか。
大いにありますね。広報をずっとやっていくとも辞めるとも決めていないです、自分の興味の向く方に行っている結果が今こうなっていて。ただ広報では経験が積めていて、今からほかの職種にスイッチするのもコストがかかるので、もちろん楽しいのが前提で、やっていくんだろうなとも思っていますが、分からないですね。どこかでまた惹かれるものが現れたら、その時の為にグリップできる能力はつけていこうという感じです。
広報はストーリーテラー
ーー渡邊さんにとって、広報PRとは何でしょうか。
ストーリーテラーですかね。弁護士ドットコムもだんだん会社が大きくなってきて、会社であれば当然なんですが、何をやるにしても理由を問われることが多くなってきています。よく言えばストーリーテラーですが、説明責任がすごく重くなってきたなというのは感じていますね。どの仕事や職種にも通じますが、「なぜやるのか」という納得感を引き出すことが重要な仕事のひとつかなと思っています。
最近だと1年前くらいにはなるんですけども、医療従事者の方がすごく働きにくい環境になっていて、そのタイミングでクラウドサインは伸びていて、リモートワークを後押しするツールとして注目をいただいたんですけど、私たちだけ伸びてていいんですかみたいなことを事業部長と社長に相談したんです。伸びることはいいと思うんですけど、各業界が様々な要因で苦境を強いられている時に、姿勢が問われていると考えたんです。そこで、クラウドサインで締結された契約1件につき医療機関、赤十字社に10円寄付するというプロジェクトを実施して、結果的に約180万円の寄付に至っているんですけど、じゃあなぜやるのかっていう背景を言語化する時には、悩みつつじっくりプロセスを考えました。
ーー現在の未来展望や夢があれば、お聞かせください。
強い広報チームを作ってみたいなっていうのもありますし、現在の産休中というタイミングで言うと、出産を経ても自分の手ごたえを持って仕事がしたいなっていうのが漠然とありますね。そして最終的には、自分がオーナーになって何かをやりたいというのはあります。それが会社を超えてなのか、会社の中でやるのかはわからないです。ただ自分のその時々の価値感や信じるものと、周りからの需要を大事にしていきたいと思っています。
渡邊順子
弁護士ドットコム経営企画室広報。大学卒業後は経済産業省に8年務め、グリー、 SmartHRでの経験を経て弁護士ドットコムに入社。2019年に弁護士ドットコムに入社しルーキー賞、2021年にMVPを獲得。社長直下で全社の広報を担い、活躍の幅を広げている。
聞き手&執筆担当
一木万由子
株式会社クロフィー インターン
慶應義塾大学経済学部3年
編集後記:実際にお話をさせていただく前にはバリバリのキャリアウーマンというイメージもあったのですが、インタビューをさせていただくと、非常に柔らかく話しやすい方でした。真面目なのに直感を大事にしながら働き方を選んでいて純粋にかっこいいと思ったと同時に、今後の渡邊さんの展望に、ますます目が離せないと楽しみになりました。