「コピーライターという単語から何を連想しますか?」という問いに、「才能のあるハイセンスな言葉選び」という類いの答えが浮かぶ人は多いのではないか。しかし、コピーライティングは感性でも感覚でもない。人間の思考の根本を、緻密に、丁寧になぞったロジックとレトリックがあってこそ、人の心に刺さるのだ。
情報とものが溢れる社会で、企業やブランドの存在価値が問われ直されている今こそ、言葉「で」心情を型取ることに意味がある。博報堂やTBWA\HAKUHODOにて、コピーライターやクリエイティブディレクター、さらにはコンセプト開発やクリエイティブシンキングの研修なども手掛けられる、細田高広さんのお話から見えてきたのは、言葉という切り口から広がる可能性と課題に満ちた世界だった。(聞き手:栗山真瑠 北海道大学 連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)
目指したのは、心を動かすものづくり
ーーコピーライターになろうと思ったきっかけは何ですか。
実は、もともとコピーライター志望ではなかったんです。博報堂に入社したのは、マーケティングに携わりたかったからで。僕からすると、コピーライターは、クラスで目立つようなタイプで、表現欲求が高い人というイメージがあったので、自分は向いていないだろうと思っていました。
ーーマーケティング志望で入社して、その後コピーライターになられたということですか。
そうですね。採用の時は一括で採用されて、その後課題をこなす中で会社側が適性を判断します。僕の場合はそもそもクリエイティブを意識していなかったので、マーケティングをするつもりでクリエイティブの課題にも取り組みました。そうしたら、モノを売るための思考を面白さや目立つこと以前にしっかりと考えられているという点を評価されたようで、コピーライターとして配属されることになったんです。
ーー志望していなかったコピーライターの仕事をどのように身に付けられましたか。
博報堂の場合は、トレーナーと呼ばれる師匠につきます。コピーライターの仕事は、職人の世界なので、直接ノウハウを教わるというよりは、師匠と同じ課題を考えながら、スキルを真似するように身に付けていきました。
ーーその後、アメリカに出向されていますが、どのようなきっかけがあったのですか。
大学生時代、海外に留学していたので、商社や海外拠点のメーカーに就職するか迷ったのですが、自分が直接ものづくりに携われるという点で広告会社を選びました。その経緯があって、広告の仕事をグローバルに広げられる機会を伺っていたんです。そこに、博報堂のネットワークのなかで留学する制度が出来たと聞いて、手を挙げました。
ーーアメリカで働くなかで、刺激になった日本との違いは何ですか。
僕が働いていたロサンゼルスは映画の街ですが、業界問わずコンテンツを作るという意識が高かったことです。音楽、広告、映画というジャンルの垣根が低くて。クリエイティブディレクターが映画の脚本を書く、作家がコピーを書くなど、いくつかの肩書きを掛け持ちして仕事をしているというのが当たり前の世界でした。
後はライフスタイルの違いも驚きましたね。朝、出社前にサーフィンに行って、夕方三時にまたサーフィンするために帰るような自由な働き方は、徹夜で仕事をする風潮があった日本の僕にとっては羨ましいものでした。
ーーそういった垣根の低さが帰国後に様々な分野を手掛けられることに繋がったのですか。
それもありますね。会社の中のタスクだけが仕事だけじゃない、という意識が芽生えたのは、この経験が大きく影響していると思います。
ーー今まで手掛けられたなかで印象に残っている仕事は何ですか。
アメリカで手掛けた、日産とSONYのコラボレーションによる「GTアカデミー」というプログラムです。グランツーリスモというレーシングゲームがあります。これを使って凄腕ゲーマーを全米から集め、彼らを鍛え上げて、日産のレーシングチームからデビューさせるというものなんです。その過程はテレビでリアリティショーとして放送しました。メディアの垣根を越えて人を熱狂させて、気がつけば広告にもなっている。そんなコンテンツ発想の面白さに手応えを感じてから、仕事に対する考え方も変わりました。もっともっと枠にはみ出したことを考えていいんだな、と。
読後感から逆算するコピーライティング
ーー共感を持たせるストーリー性のあるコピーが印象的ですが、普段から意識して取り入れていることはありますか。
どんなコピーでも、最初に考えることは、読んだ人の気持ちをどのように動かすか、ということです。だから全ては逆算で、受けてに求める読後感から考えて、言葉に落としていく。コピーライティングは、どの部品で心がどう動くか、ということを考える「気持ちの工学」だと思っています。なので、自分自身が触れた様々なコンテンツの「読後感」を広い触れ幅でストックしておくようにしていますね。
ーーコピーライティングのなかで、得意なジャンルはありますか。
チャレンジャー企業には、ナンバーワン企業がしていないこと、疎かにしていることを見つける、ある種の挑発が必要です。何に対して異議を唱え、戦うかということが決まっている方が、課題が明確なのでアイデアを出しやすいですね。
ナンバーワン企業だと、目標が曖昧になることが多いんです。立場を守りながら、さらにファンを広げるというのは難しいといつも思います。広告は攻めには向いている一方で、守りになると手口が限られてしまうので。
ーー仕事において影響を受けた人はいますか。
コピーライターの大先輩、前田知巳さんです。若い頃に仕事をご一緒させて頂いた時から、前田さんは会社の骨組みやブランドのコンセプトなども書かれていて。世に出るものだけではなく、会社やブランドを物語る言葉をつくるというコピーライターとしての在り方は、勝手にロールモデルにしていました。
ーーキャリアのなかで糧になった失敗談はありますか。
こういう時代ですから、世の中に出した広告に対して、全く意図していない視点から批判が来るということはたくさんあります。とはいえ、一番怖いのは、何のメンションも議論も起きない、つまり世の中に届いていないということで。そういう意味では、批判は届いた証拠だと思いつつ、いつもそこから何かを学ぼうと受け止めています。
問いより答えを、発想より選抜を。
ーークリエイティブディレクターの具体的な業務内容を教えてください。
クリエイティブディレクターにとって一番大切な仕事は、根本にある課題を解決する正しい問いをつくることです。
例えばあるビルでエレベーターが遅いとクレームが入ったとします。これだと、エレベーターの速度を上げることしか解決策がない。そういうときに、エレベーターの速度ではなく、手持ち無沙汰な待ち時間という問題に注目すれば、ホールに鏡を置いて、待ち時間を退屈させないというようなソリューションが出てきたりします。
というように、何に注目してクリエイティビティやアイデアに振り向ければ良いか考えた上で、スタッフィングをし、企画を指揮するのがクリエイティブディレクターですね。
ーースタッフィングは何を重視していますか。
僕に出来ないことが出来る人を求めます。そもそもの興味や関心、目線が違っていて、普段はばらばらの人たちが、ひとつの案件という同じ方向を向く時の力は大きい。広告づくりは極論、ひとりで完結出来てしまう分、チームでつくるなら自分と違う考えを取り込まないと。いかにお客様が気付かなかった「新しい価値」を横に広げ、複雑性を伝えられるか、が重要です。そのために、チーム内で多少対立やズレがある方が選択肢が横に広がるので望ましいのです。
ーーコピーライターの仕事との共通点、相違点はなんですか。
コピーライターとして仕事をするときはたくさん案を出すことをまず考えます。それはそれで大変なのですが、一方で、大きな決断は必要ありません。反対に、クリエイティブディレクターの仕事には決断が伴います。何を選び、何をクライアントに選んでもらうか。ここにいちばん心的な負担がかかってきますね。
ーー本を3冊書かれていますね。書籍の執筆は、どのような読者に、何を伝えたいという思いで執筆されましたか。
1冊目の「未来は言葉でつくられる。」は、僕の強い問題意識を広げたいという思いで書きました。広告で伝えられるものには限界があります。企画やデザイン、ビジョンといった、広告の手前の段階からつくっていく必要があると感じることがよくありました。それで、社会人向けの講座で、クリエイティビティや言葉が、広告だけでなくビジネス全般にこそ必要だということを話したときに、出版社の方から声をかけてもらったんです。
2冊目に、「物語のある絶景」という本を書きました。編集者との会話のなかで、その場所での物語で旅を感じたいという需要もあるのではないかという話が出て。それならば、読める絶景本、つまりテキストに触れることでそこに行きたくなる旅の仕組みがつくれないかと思ったんです。僕があったら良いなと思う旅の仕方を形にしてみた本ですね。
3冊目は、「解決は一行。」という本です。コピーライターの講座には、コピーライター志望ではなく、ビジネスでのコミュニケーションにおける言葉のスキルを学びたいという受講生が案外多くて。それで、コピーのスキルを使って、日常のコミュニケーションの助けになればと、この本を書きました。
“meaningful”であるために
ーー社会の変化に伴って、クライアントから求められる、または細田さんが必要だと考える変化は何ですか。
コロナに限らず、その前から世の中は変わってきています。全世界のブランドや企業の社会における価値を調査すると、約8割は今日消えても困らないという結果が出たそうです。これはブランドからすると大問題。だから、ものが溢れる社会のなかでも”meaningful”(社会に対して意味がある状態)であることが課題になってきています。作り手から見たウリを主張する”what to say”はもう通用しなくて、社会から見た存在価値をつくっていかなければいけない、ということです。
コロナ禍で「不要不急」という言葉によって、この変化に拍車がかかりましたね。僕たちのクライアントは、不要不急といわれるなかでも、愛され、選ばれ、守りたいと思われるブランドにしていきたいと思っています。
ーーwhatではなくwhyから掘り下げて考えなければいけないということですね。
そうですね、whatの競争からwhyの競争に移り変わってきていると言えますね。
ーーこれから携わりたいと思う仕事は何ですか。
妄想を話して良いのなら、まずひとつは政治でしょうか。政治での言葉遣いやストーリーテリングはすごく良い教材になります。本当に言葉が大事な世界なのに、型にはまりすぎた古い言葉が誤解や批判を招き、損をしていることが多い。言葉をもう少し工夫すれば、若い世代に興味を持たせたり、意図を正しく伝えられると思うんです。
もうひとつは、都市開発です。新しい暮らしのアイデアをまるっとそのまま形に出来るようなジャンルという点では興味がありますね。
ーーAIを含むテクノロジーに求める、クリエイティビティにおける役割は何ですか。
すでに僕たちはテクノロジーの力を借りて仕事をしていると思っていて。AIもその延長線上で、創造性をブーストすると思います。例えば将棋の世界でも、AIに負かされ絶望していた世代から、藤井聡太くんのようにAIによって成長してきた世代へと移り変わっていますよね。彼の言葉に習うと、AIとは、対立ではなく共存だと。それに、AIの有無に関係なく、良いコミュニケーションは人を動かし、悪いコミュニケーションは誤解を生むということは変わりません。
言葉の嘘くささと戦う宿命
ーー言葉以上に心を動かすものはあると思いますか。
めちゃめちゃあると思います。ラブソングひとつとっても、どれだけ「言葉にならない」という歌詞があることか。恋愛に限らず言葉にすると嘘くさいことって、必ずあると思うんです。僕たちはその嘘くささと戦っているつもりです。言葉の代わりに何で伝えられるのか?というのは大きな課題でもありますね。
sayよりdoと言われるように、言葉にする前に企業が何かしらの行動を起こすことが必要だと感じています。例えばダイバーシティが大切だという広告をつくる会社に、肝心のダイバーシティがなければ共感は得られませんから。
ーーそういった課題意識が、コンセプト開発やクリエイティブシンキングに繋がっているのですか。
まさにそうです。言葉「を」つくるのではなく、言葉「で」実体やアクション、さらにその手前の心情をつくる。言葉でつくることは出来ても、言葉になった瞬間に嘘くさくなって伝わらないことがたくさんありますが。
ーー言葉に表す前の段階から人の心に働きかけたいということですか。
はい、言葉にするのは最後でよくて。何なら、言葉がなくても伝わる状態がベストだと思います。「僕は正直者です」と言うことより、周りが「彼は正直で真面目な人だ」と思うことの方が真実ですよね。
ーーコピーを細田さんの言葉で表すと何ですか。
「広告が消えると世の中から明るい話題が消える」ですかね。世間は暗い話題が多い。例えば新聞から広告欄を取ると、殺人、事故、事件、環境問題…とか、絶望的な毎日に見えますよね。広告欄が如何に紙面を明るくしているか。広告は、最終的には必ず誰かにとっての新しい希望となって世の中に出ていくし、そうでなければいけない。ポジティブにしか言えないことが、広告の一番難しく大事なことだと思います。
細田高広
2005年に博報堂入社。ロサンゼルスの広告会社TBWA\CHIAT\DAYへの出向を経て、2011年からTBWA\HAKUHODOに所属。グローバルブランドを中心に数多くの広告コミュニケーションや企業変革プロジェクトを担当してきた。カンヌ金賞、ACCグランプリなど国内外で受賞多数。2015年と2018年、2度にわたりCampaign誌のJapan Creative Person of the Yearに選出される。カンヌ広告祭など主要な広告賞で審査員を務めた。著書に「未来は言葉でつくられる」(ダイヤモンド社)、「物語のある絶景」(文響社)、「解決は1行」(三才ブックス)などがある。
聞き手&執筆担当:栗山真瑠
株式会社クロフィー インターン
北海道大学獣医学部3年インタビューを終えて:コピーライター養成講座で細田さんの講義を受け、広告を越えたビジネスや社会における言葉の在り方への考え方に、衝撃を受けました。今回初めて取材したい人を自分で選べることが決まって、最初に頭に浮かんだのが、細田さん。取材の時間は、クリエイティブを志す者としても、これから社会に出るものとしても、糧となる貴重な時間でした。
本連載企画について:
記者ら、プロの書き手のための業務効率化クラウドサービス『Chrophy』を開発する株式会社クロフィーでは、『学生が迫る、メディアの担い手の素顔』と題した本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、カバーイメージは高橋育恵、サポートは土橋克寿。
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