「畑違いだから書けるもの」ーー英国芸術家の卵がなぜ通信社記者に?

「記者らしくないですね、とよく言われます」。時事通信社記者の高橋ヒロユキさんがそう話すのも、経歴を聞くと直ぐに納得してしまった。18歳の時に英国大学で音楽を専攻し、社会人になってからもオックスフォード大学での研究歴を持つーー。

メディアの現場の方々を若い目線で紹介していく「学生が迫る、メディアの担い手の素顔」シリーズでは、そんな特異なバックグラウンドの高橋さんに、今回は話を伺った。(聞き手:浦上礼 明治大学 編集:庄司裕見子)

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英国芸術留学から記者になるまで

ーー英国のサリー大学芸術学部で作曲を専攻されていますが、もともとは音楽の道で生きていこうと思っていたのですか。大学の進学先にイギリスを選んだのはなぜですか。

音楽家の家の出身でもなく、ピアノなど基本的な楽器も学んだことはありませんでした。そのため、将来の職業として音楽への道は考えたこともありませんでした。ただ、幼い頃から突然曲を思いつくことがあり、それを実際に曲にすることができなかったことを辛く感じていました。そこでアカデミックで本格的に学べばスッキリするんじゃないか、という好奇心がきっかけでしたね。留学先としてイギリスを選んだのは好きな作曲家などがいた国だったからです。

ーー学生時代は具体的にどんなことを勉強したのですか。

1つは曲の分析ですね。ストラヴィンスキーという音楽家が好きで、彼のオペラの研究分析に熱中し、卒論のテーマにも選びました。もう1つは、自分の曲を作曲することですね。学内の交響楽団やピアニストに自分が作った曲を弾いてもらうなど発表する機会にも恵まれました。

ーーイギリスで様々な経験をしたことで、卒業後もイギリスで就職しようとは考えなかったのですか。

イギリスでの就職は考えていませんでした。大学最後の年は、音楽活動の傍ら現代アートのアーティストとして活動をしていました。作品を担いで、パリやロンドンを行き来きしながら、作品を展示してもらえるようギャラリーを一軒一軒まわり、交渉しました。今では懐かしい思い出ですが、当時はなかなか話を聞いてもらえず辛かったですね。

しかし、当時すでに婚約していたのですぐに仕事を探さなければならず、帰国後はまず金融関係の会社に就職しました。ただ、金融の営業は肌に合わず研修期間で退職してしまいました。そこからは、建築家の見習いやウェブデザイナーなど様々な仕事を転々としました。妻には相当な心配をかけてしまいました。

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(オックスフォード大での研究時代)

畑違いだからこそマクロに見ることができる記者

ーーでは今の「記者」という職業が高橋さんの中でしっくり来た仕事になったのでしょうか。

当初は違いましたね。実際、芸術畑の人間ですので、自分が記者になるとは想像もしていませんでした。実は、「記者」という職業は、なかなか定職に就かない夫に業を煮やした妻が私に勧めてくれた職業でした。全くの畑違いな仕事でしたが、今では天職だとも感じています。妻には感謝ですね。

ーー記者としての最初の仕事はどのようなことをされていたんですか。

最初に勤めた新聞社は、石油化学の業界紙でした。石油業界の川下産業であるタイヤや熱硬化性樹脂などのメーカー約50社を担当しました。新人でも社長インタビューをまかされ、海外出張も多くありました。海外に進出する企業の事業戦略を取材したり、ものづくりの現場に触れたりと経済記者として基礎的な部分を学ぶ機会になりました。

ーー記者を始めてみてどのような印象をもちましたか。

とにかく楽しかったですね。記者の仕事は普段の生活では会う機会のない、様々な業界のトップに会うことができます。たとえ新人でも、電話1本で企業の社長や役員にインタビューできるというのは、特権的な仕事だと思いました。当然、そのぶん責任も伴いますが、このような経験を積み重ねていくのは新鮮でしたね。

また、記事が紙面に掲載され、読者から直接的な反応があるのも嬉しかったです。インタビューや取材を積み重ねることで経験が増し、「記者」という仕事の面白さを感じました。プライベートでは音楽活動も続け、業界紙時代には取材先の東証2部上場企業の社歌を作曲しました。

ーー今、経済部という芸術とは畑違いのところで、記者をされていますが、経済に関する知識はどのように学ばれたのですか。

学ぶというより、OJT(on the job training)中心です。これまで地方行政、経済、警察、裁判、国際経済、マーケット市況などを担当してきましたが、芸術畑の私には全て門外漢の分野です。そのため、新しい業界の担当になったときは、基本的な入門書から専門誌までざっと読んで勉強をします。経済は特に勉強が必要でしたね。

ただ、気をつけなければいけないのは、記者にはアナリストのような知識は必要とされていません。専門性を追求しすぎると、マクロの部分がみえなくなくなってしまいます。経済分野の取材は特に専門的になってしまいやすいので、できるだけかみ砕いて、わかりやすさを意識して記事を書いています。

ーー紙面を持たない通信社で働いていますが、そのような報道機関に就職しようと思ったわけは何ですか。

通信社は、紙面がない分自由度があるので、スクープを書けば書くほど採用してくれる新聞社が増えます。自分の記事がいくつもの新聞に掲載されるというのは、紙面を持つマスコミに勤めている記者にはできないことなので、通信社記者の特権ですね。

一方で、自分の名前が掲載されないので、消化不良な部分もあります。署名記事が重要視される風潮の中で、自分はいつまでも裏方であると感じてしまうジレンマはありますね。

ーー時事通信社に入社後、オックスフォード大学に留学されていますね。現地では何を研究されていたのですか。

原発事故など災害現場におけるリスク・マネイジメントを研究しました。私は福島第一原発事故を取材するため何度か現地取材に入りましたが、現場の状況と報道されている内容の矛盾を感じていました。

特に、小児甲状腺癌の患者数増加など健康被害に関する記事を配信することは困難で、せっかく海外の専門家にインタビューしたり、現地で起きている事象を取材しても、デスクによくボツにされました。それでも、事態は深刻だと感じ「日本で報道できないなら、海外から発信しよう」と決めました。

運良く合格したオックスフォードでは、論文を出版できたばかりでなく、教授陣向けのセミナーを開催し日本の状況を説明する機会を得たり、欧州の研究者やメディアから逆にインタビューされるなど、留学の目的は達成できたと感じています。

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(英国留学へ)

コロナと働き方改革

ーー記者としての生活はやはり忙しいのでしょうか。

忙しい時も、そうでない時もありますが、うまくQOL(quality of life)のバランスを取って仕事をしています。私の場合は企業担当なので、基本会社勤めの方とあまり変わらない生活かなと思います。ただ、何か突発的な事件や事故が発生すると、担当関係なく取材現場に行かなければいけないので、家族と過ごしていても落ち着かず、時間管理をするのはなかなか難しいのが実情です。ですが、常に忙しいというわけではないので、家族との時間を優先しつつ、取材をこなしています。

ーーコロナ禍で記者の仕事も対面での取材ではなく、ビデオや電話での取材が増えたそうですが、このようなテレワーク取材に対してどのような印象をお持ちですか。

賛成ですが、難しい部分もありますね。取材の中での無駄話は取材相手とコミュニケーションを取る上で、とても大きな役割を果たします。対面の場合、そういう世間話のようなことは、必然的に話しますよね。

一方、オンライン取材する場合は、比較的すぐに本題に入るので、堅いやりとりになりやすく、打ち解けるのに時間もかかります。本当に聞きたいことを聞き出すまでには、それなりに時間がかかるので正直オンライン取材の難しさも感じています。

ーーコロナが収束した後は対面での取材の方が好ましいと思われますか。

はい。しかし、すべての取材を対面にする必要はないと思います。例えば、記者が一同に集まるような記者会見はオンライン(zoom)で良い気がします。ただ、ある特定のネタを追っている場合は対面じゃないと聞き出せないことが多いので、使い分けが必要ですね。

ーーお勤めの時事通信社はテレワークに対してどのような姿勢を示していますか。

働き方改革にも合致するので、会社の方もオンライン取材やテレワークの導入にある程度前向きだと感じています。

ーー今現在のテレワークと対面の仕事の比率はどうなっていますか。また、家の時間はどのように過ごしていますか。

現在、対面取材は月に約5本くらいで、電力や鉄道会社のトップの定例会見がほとんどです。それ以外はすべてオンラインで対応しています。会社にはもう3ヶ月くらい行っていません。

自宅で仕事ができることで家族との時間を増やすことができました。子供と過ごす時間は貴重ですので、非常に嬉しいですね。

ーーお子さんとの時間も増えたんですね。子育てと仕事の両立は大変ですか。

特に大変に感じたことはないですね。電話の時はちょっと静かにしてねっていうぐらいです。実際、片手に赤ちゃん抱っこしながら、ズームの会見に参加することもありますが、特段問題はありませんでした。

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(オックスフォード大での研究時代)

これからのマスコミとの向き合い方

ーーウェブメディアもどんどん進出し、様々な記事を読者はアクセスできるようになりました。読者の人に読んでもらうために何か工夫はしていますか。

私の書く記事は、所属する時事通信の信頼のもとに配信されています。そのため、確実に情報の裏を取ったものを記事化していますので、ブログなどの記事と比較すると情報の信頼性という面で差別化できているのではないでしょうか。

原稿を書くときには、できるだけ多くの人に読んでもらえるように、「見出しの付け方」は大事にしています。特に、経済用語を扱うような硬いニュースは特にクリックされにくいので、わかりやすく、できるだけ平易な言葉を選んで見出しを付けます。記事の入り口を分かりやすくするという工夫が大切ですね。

ーー今後のウェブメディア競争は加速していくと思われますが、この競争に対してマスコミはどのようなアプローチをしていくべきだと思われますか。

大手マスコミが取り組むことは、常に一歩遅れをとってしまっている印象を受けますね。ですので、ウェブメディアと競争するよりも競争から一歩引いて、思わず読者が一目置くようなコンテンツを作っていくこと以外にないと思います。情報過多の現代において、購読者が減少する中、読者が何を求めているかということを真剣に考えていく必要がありますね。

ーー毎日いろんな事件事故がアップデートされていく世の中で、記者はどこまで追求していくのですか。その追及していく度合いはやはり大衆の関心なのでしょうか。

これはすごく重要な問題ですね。私たちは常にたくさんの案件を抱えているので、次の事件が起きれば、そちらの取材に移ります。一方で、大衆の考えにマスコミがつられている部分も見受けられますね。

その結果、マスコミはセンセーショナル事件を選んで報道してしまう傾向にあります。それは、一般の方々の意識をちょっと引き下げてる要因になっているかもしれません。私個人としては、ある程度の大きな事件は定期的にフォローしていきたいのですが、全ての事件のその後を追い続けるマンパワーは今のマスコミにはないですね。

ーー男性記者から見た女性記者の働き方はどうなっていますか。

マスコミ全体で、女性記者が働きやすい職場環境を作ろうとしています。しかし、スクープを狙う時は、夜討ち朝駆けなど取材相手に想像以上に近づいて取材する機会があります。女性記者1人で男性の取材相手の家に取材へ行かせるのは倫理的な疑問を感じていますが、ここは会社も少しずつ対応策を講じているようです。セクハラに関しては、改善はしていますが、未だ色濃くあります。

また、結婚、産休、育休取得後に職場復帰した女性記者がメインストリームではない部に配属され、その後退職する場面を何度も見てきました。経営陣は、もっと速いスピードでこの問題に真剣に取り組まなければ、どんどん優秀な女性記者が社を去ることになると思います。

ーー高橋さんは周りの方々からどのような人だとよく言われますか。

よく記者っぽくないって言われます。見た目もそうですが、芸術をやってきたこともあるのかもしれません。取材でも、担当以外の分野の原稿を多く執筆したりと他の記者とは違うパターンで記事を書くことが多いので、「そんなふうにみてるんだ、高橋くんは」みたいに言われます。そういう反応はとても嬉しいですね。

音楽やアートという私のバックグラウンドは記者向きではありませんでしたが、掘り下げてみたら、案外記者という職業に深みを与える効果が出ているのかもしれません。

ーー10年後の記者としての目標はありますか。

教育に関心があるので、各国の先進的な教育内容を日本に紹介するような記事を書いていたいですね。英国のオックスフォード大学に身を置いてエリート教育に触れたり、北欧フィンランドで科目別を廃し総合学習を軸とした新たな教育を実践している現場を取材した経験から、日本の教育に足りないモノが海外の教育現場にはたくさんあると感じました。

特に、幼少時から論理的なアプローチで世の中の問題を解決するという意識を醸成することは、今の日本の公教育に欠けていることの1つだと思います。ですから、日本の公教育をアップデートするような記事を書いていくことが目標です。

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高橋さんの過去記事の一部

高橋ヒロユキ
英サリー大学芸術学部(作曲)卒業。業界紙を経て、時事通信社に入社。記者歴15年。大阪、横浜、福岡など地方局を経て、本社外国経済部や経済部で各国中央銀行の金融政策や電機メーカーなどを担当。2020年2月から福岡支社に異動し、経済分野を担当している。元オックスフォード大学客員研究員。過去記事の一部はこちらから確認できます。

聞き手&執筆担当:浦上礼
株式会社クロフィー インターン
明治大学文学部3年 

インタビューを終えて:高橋さんをインタビューさせていただき、本当の「行動力」とは何かを学ぶことができました。また、発言者の内容を汲み取り、会話を展開をすることの難しさを感じるとともに「人のことを深く知る」という点でインタビューの面白さを知ることができました。是非ここで学んだことを次回の取材に活かせるように頑張っていきたいです。

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