なぜ、PR・ブランドや知財の重要性が高まり続けるのか?ーーソフトバンクや世界最大手ブランディング会社を経て得た気づき

世界最大手のブランディング会社やソフトバンクを経て独立した瀧本裕子さん。「PR(広報)を通してスタートアップ企業や企業の新規事業など挑戦を支援したいという思いが根底にある」と語る瀧本さんに、PRのあるべき姿や、この社会の中でPRの仕事が担う役割について話を伺った。(聞き手&執筆:大久保南 編集:庄司裕見子 連載企画:学生が迫る、広報PRの担い手の素顔)

新規事業を支えるPRへ

ー現在のPRのお仕事についてお伺いしたいです。

独立して創業したイノベーションブリッジで、主にスタートアップ企業や大企業新規事業部門に向けてPR、ブランディング、そして知的財産サポートをワンストップで提供しております。

ースタートアップ企業や新規事業部門に重きを置いていらっしゃるのは、日本の新規産業を支えたいという思いからですか。

ソフトバンクで働いていた時、新規事業を開発する部門に所属していて、スタートアップ企業の方々と交流する機会があったんです。皆さんすごく優秀で、情熱も時間もかけて製品・サービスを作っていました。それだけに、自分たちのことを十分に世の中に発信できていなかったり、契約で上手くいかない状況を見てすごくもったいないと感じたんです。

また当時、これまでは自動車と半導体の産業が主に日本を引っ張っていましたが、今後20年後、30年後の日本を支える産業が何かが他国と比べて見えづらく、日本は稼ぐ力が低下してくると言われていました。その中で、スタートアップ企業の方々とご一緒していると、スタートアップ企業がすごく頑張ることで日本にも第二のGAFAが生まれて日本が元気になるのではないかと感じたんです。だからこそ、スタートアップや新規事業、既存事業のリブランディングなどのサポートは私自身も楽しいし、応援させていただきたいという思いが根底にあります。

挑戦を続け自信を身に付けた大学時代

ー学生時代に関心のあったこと、取り組んでいたことは何ですか。

大学生の頃は、学園祭委員に所属していて学祭のイベント運営や新しく大学新聞の立ち上げなどをしていました。おかげさまで、どちらもすごく好評でした。他には、奨学金をもらってフランスに留学したり、アルバイトをしたりという感じです。良いものを人に伝えたいという思いはありましたが、目的をもって情熱をかけて取り組んでいたというよりも、目の前にあるものに没頭していたと思います。

ー学生時代の経験が現在の仕事に活きていると感じることはありますか。

大学に入って学祭委員を務め、学校新聞を立ち上げ、フランスに留学するなど、人生で初めて能動的に行動しました。誰かに頼まれたわけでもなく、しかも最後までやり遂げるというのは、当時の私にとっては相当にパワーが必要なことでした。今になって振り返ると、そういった自分から動いて何かをやり遂げるという経験は、社会人になる前の一つの自信になったと思います。

何よりフランスへの留学は本当に終始大変でした。入国時には空港で預けたはずのスーツケースを紛失されてしまい、必需品が足りない状況での始まりでした。しかも当初はフランス語が全然読めなかったので、食べる、掃除するなどの日常生活を送ることがこんなにも難しいものなのかと思うことの連続でした。さらに、体調を崩してしまったとき、今のようにインターネットで簡単に情報を得られず、また英語を話せる人が少ない地域だったので医者を探すのも大変でした。片言のフランス語で道行く人に聞き、ようやく診療を受けることができました。このように大変な状況下でしたが、「目的を持ち」、「それを伝える努力をし」、「最後まで諦めない」、留学ではこの3つがすごく鍛えられたと思います。

ー大学時代の経験が就職活動に影響し、PRの道に進むきっかけになったのですか。

当時は全然認識していなかったですね。大学時代は、ただ面白そうだからやってみたいという気持ちが強かったと思います。就職でPRを選んだ理由は、ずっと働き続けたいという考えがあったからです。

ーずっと働き続けたいとは、どういうことですか。

私が就職する頃は、女性は子供が産まれたら退職したり、30歳前後になったら結婚退職したりすることが一般的で、長く働いている人はほんの一握りでした。今と比べても、社会全体で女性がずっと働き続けることが当たり前ではなかった時代だと思います。その中で長く働き続けられる職種は、会計や税務などの士業、秘書、そして広報の3つくらいしかイメージできなかったんです。秘書の面接も受けたものの全落ちしてしまい(笑)、結果的に広報の会社に来たという感じです。

PRからブランディングへ

ー大手PR会社のプラップジャパンから大手ブランディング会社に転職したのは、どのような経緯だったのでしょうか。

プラップジャパンから大手ブランディング会社に移ったというよりも、PRからブランディングの世界に移ったという感じですね。

例えば、「スマートフォン」を例に挙げて考えてみましょう。PRとは、完成したスマートフォンをSNSやプレスリリース、記者発表会、動画などを通じて世の中に発信する仕事です。PRとはパブリックリレーションズ(Public Relations)の略語なので、一方的な発信だけでなく、社会とのコミュニケーションでもあるわけです。

一方で、ブランディングはスマートフォンが完成して製造する前の段階で、自社のスマートフォンが「どのような存在でありたいか」「どういうブランドとして世の中でポジションを取りたいのか」を考えることなんです。すべての製品は「どういうものを作りたいか」「どのようなサービスを提供したいか」といった思い・考えのもとに作られています。

つまり、PRの仕事では作られたものをプロモーションしていたわけですが、ブランディングでは作る段階から入っていきます。だからこそ、世の中に受け入れられやすく、世の中をより良くしたいという思いが入った製品を作ることに関わり、その考えのもとに作られたものをPRする流れをつくれたら、素晴らしいことになると思ったんです。

そういうブランディングを手がけているのが転職して入社した大手ブランディング会社で、学生時代から知っている会社でした。そこで、PRの仕事という基盤の上に自分自身の幅を広げたいと思い転職した、という流れです。

ーブランディングで大切なことは何ですか。

ブランドを形成するのは企業・経営者の意志かもしれません。けれども大切なことは、「自分たちは何をしたいか」、「自分たちは何を望まれているか」、「自分たちに何ができるか」の3つです。これらの3つをバランスよく持つ企業が強いブランドと言われているので、調査やヒアリング、競合や市場から洗い出し、3つが重なるところを見つけ出すことが大事だと思います

ーPRからブランディングの世界に移った時、業務上困惑したことはありましたか。

困惑は正直ありませんでした。なぜなら、転職前のプラップジャパンは教育に力を入れていたからです。製品をPRすることは何を意味するか、市場や競合を考えた上で自社はどのポジションを取りたいのか、またどのようなPRをすべきかということを調査したり、そのためにどのようなテクニックがあるのかということを教えていただきました。

例えば、データストレージを扱うIT企業が顧客だった時には、エンジニアの人しか読まない業界の論文も全部読みこみました。その上で競合他社と比較し、どの部分が優れているのかを考えるわけです。一方で、ブランディングにおいては「自分たちは何をしたいか」の部分が特に大事ですから、会社の意思を引き出すところがPRの仕事とは少し違うと思います。けれども、調査をして分析してアウトプットするというフレームワークは同じでした。

重要性が高まる、守りの知的財産

ーソフトバンクでは法務部に勤務されていましたが、なぜ法務の職に就いたのですか。

先ほど挙げたスマートフォンを例にしてブランディング・知的財産・PRの関わりについてて説明させていただきます。「電話やパソコンが手の平サイズだと便利だ」と、自社のできること、やりたい事を踏まえた上でビジョンを作るのがブランディングです。そしてブランドを製品に落とし込んだスマートフォンに「XX」と名前を付ける際には商標が発生します。また、開発していく過程では技術などの特許が発生するので、それらを知的財産として守る必要があります。そして完成した「XX」を世の中に広めることが、PRにつながっていくわけです。

ー知財は商品を守るために必要なスキルということですか。

そういうことです。もし「XX」という名前をほかの会社が使い始めたら、みんなどの会社の「XX」を買えばいいのかわかりませんよね。結果的に、「XX」というブランドは育たなくなります。

ー知財を取り扱う仕事に就いたのは、どのような経緯だったのでしょうか。

ブランディングやPRをずっとやっていく中で知財はどんどん重要性が増してきました。例えば、「XX」という名前をつけたいと思ったとき、ほかの会社が商標を取っていた場合、そのままだと使えません。パッケージやカタログを既に作っていた場合、莫大な額の損害が発生する可能性もあります。そういったトラブルを防ぐためにも、商標調査や商標登録を行う必要があります。同時に、自分たちの製品を守るために特許を押さえておく必要があり、知財の大切さが非常に重要視されるようになっています。

PR・ブランディングと知的財産の関係は切っても切れないものになっています。本来はPR・ブランディングの際には、法務部や外部の弁理士、弁護士と一緒に行動することが多いです。しかし、いちいち他の部門に聞いたり外部と連絡したりしていると、最適なタイミングでプロモーションをできないことがあり、不便に感じていました。だったら自分でPR・ブランディング・知財、全部を取り扱うことができれば、よりよいPRやブランディングにつながると思い、ソフトバンクで働き始めた、という感じです。

ー新しいことに臆せず挑戦できたのは、大学時代の経験が活きたからですか。

大学時代よりも働いてからの方が圧倒的に成長したと感じています。学生の頃は電車に乗る社会人を見て「大変だなあ」と思っているだけでしたが、働き始めてから働いている人たちのことを「すごいなぁ」と思えるようになりました。やっぱり働いてからですね、本気で意識が変わったのは。

新しい試みを支えるメソッド

ー冒頭でスタートアップ企業の支援をなさっているとありましたが、瀧本さんが大切にしていることはありますか。

決めつけないことを大切にしています。社会を今より良くするもの、サービスを作り出すことに挑戦する企業にとって、新しいことを始めるときは必ず足りないものだらけだし、間違わないこともできません。なぜなら、前例がないから。その試みが正しかったのかどうか、それ自体が後からの答え合わせになってしまうので、一般的な視点で物事を決めつけてはいけない。今ある常識で判断してしまうと、新しいものなんて決して生まれません。ですから、今持っている知識で良し悪しを決めない、評価・判断をしないということを意識しています。

ー自身の善悪や価値観に左右されないために意識していることはありますか。

一つは、どこまでいっても知らないことが世の中にはたくさんあると認識することですね。かつて哲学者のソクラテスが「無知の知」という考えを打ち出していましたが、これは本当に真理だと思っています。だからこそ、知らないことは謙虚に学ぶようにしています。

もう一つは、明らかにおかしいことや公序良俗に反することは別として、違和感を覚えたとしても違う見方があるのかもしれないと思うことですね。自分の意見を絶対だと思わず、相手の言いたいことを考え、クライアントの事業にとって大切なことは何かを見失わないようにしています。

ー瀧本さん自身、スタートアップ企業の中で成長を見込める企業の特徴や共通点はありますか。

私が言うなんて恐れ多いのですが、成長するかしないかという視点では、客観的であるように見えて主観が含まれてしまうと思います。結局、自分の考えと合致して伸びている企業が伸びそうだ、という考えに陥ってしまうわけですから。必ずしも自分の考えと合わない企業でも、成長しているところはたくさんあります。

将来的に日本が強くなってほしいと思っていることもあり、そういう視点で見て社員が自立できているスタートアップ企業は素敵だなと感じます。盲信的に仕事をするのではなく、ちゃんと考えたうえで会社のビジョンに共感し、達成に向かって各自で動けている企業は強い組織です。コーヒーメーカーの広報を担当した時、すごいと思ったのは社員が会社の一番のファンなんですよね。だから、自分ごととして捉えて仕事をしている。そういう会社は本当に強いです。

ーコロナ禍やウクライナ侵攻による国際情勢の不安定さが目立つ中、PRの働き方に変化はありましたか。

変わったことはたくさんあると思うんですけれども、フィジカルな面だとリアルのイベントがオンラインで開催されるようになったことで、伝え方やメッセージの出し方が変わったと思います。

ー伝え方が変わったというのは、どういうことでしょうか?

まず、デジタル世界でのコミュニケーションを強化していく必要があります。対面で話しているときは五感で相手の変化を察知したり、表情の違いから読み取るようなことをみんな無意識にできていると思うんです。しかし、オンラインでは二次元のコミュニケーションになってしまうので、以前の対面でのコミュニケーションでは伝わったことが伝わらないように感じます。

広報は懸け橋

ー新しく広報を始める方に伝えたいことはありますか。

PR、ブランディングにおいてコミュニケーションの力は非常に大切です。人だと、姿や仕草・しゃべり方を通してその人を認識しているわけですが、会社は目に見える物ではありません。会社がどんな「顔や姿」をしているのかは、目で見てわかりませんよね。会社をどのように紹介するのか、またお客様とどういうコミュニケーションを取るかで会社の印象は大きく変わりますし、ファンができたりできなかったりということもあります。

「自分たちが何者であり」、「どのようなものを提供していて」、「どのような理念のもと活動している企業なのか」ということを世間に正しく知ってもらう必要があると思っています。会社のアイデンティティを確立し、自分たちのことを認識してもらうために、世間に正しく会社のことを発信することが、PRの醍醐味であると考えています。

一方でPRの仕事は成果を数字で示すことが難しいので、なかなか理解してもらえず苦労している方もすごくいらっしゃると思います。でも、会社にとってもすごく大事なファンクションであると同時に、世の中にとっても大きな影響力を持つ仕事です。コミュニケーションの力を活かして世の中で「自分の会社がどういう存在でありたいか」というポジションを取りに行くことができる職業はなかなか無いので、楽しんでもらえたらと思います。

ー瀧本さんの部署に新人が加わった時に一番に伝えたいことは何ですか。

少し離れた視点で会社を見てみることですね。PRは会社と社会の懸け橋になるポジションだと思うので、会社のことばかり考えるべきではありません。会社の認識と世間の常識が重なるわけではないので、「世間から見た自社はどのようなものなのか」を常に意識するようにしてほしいです。

ー今後、瀧本さんが挑戦したいことや抱いている展望はありますか。

社会に良いものを発信するために、私ができるPR・ブランディング・知財というツールを駆使して、お客さまの役に立ち続けられたらいいなと思います。


瀧本裕子

イノベーションブリッジ合同会社代表。大学卒業後はプラップジャパン、NPO、インターブランドジャパン、ソフトバンクでの経験を経て独立。現在は、スタートアップ企業や大企業の新規事業部門などの幅広い顧客に、PR・ブランド・知的財産戦略サービスを提供。

聞き手&執筆担当

大久保南

株式会社クロフィー インターン
早稲田大学政治経済学部2年

編集後記:取材を行わせてもらう前までは圧倒的なキャリアを持つ仕事人というイメージを持っていたのですが、インタビューをさせていただくとニコニコと柔らかく話しやすく緊張せず行えました。同時に、多彩な経験から来る自身のエピソードや見解には非常に説得力があり、聞き手の私自身も大変勉強になる貴重な機会でした。ブランディングを行う際の考え方は自分の将来にも参考になると思うので大切にしていきたいです。

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