テレビ業界ジャーナリストが大事にする『意識の持ち方』とは?ーー仏カンヌやNetflixの影響力

動画配信サービスの流行により、日本でも海外ドラマを目にする機会が増えた。このような作品の卵が、世に知られる前に集まる映像見本市を、10年以上取材し続けているのが長谷川朋子さんだ。海外コンテンツの需要と魅力をいち早く感知し、コロナ禍でも発信の形を模索してきた。今回は長谷川さんの活躍の裏にある考え方や思いを、学生目線で聞いた。(聞き手:志水瑠奈  連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)

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(長谷川朋子さん)

昨今の映像見本市とは

ーーテレビ業界ジャーナリストとして、長谷川さんが度々取材されている映像見本市とはどのようなものでしょうか。

映像見本市は、商談とスクリーニングとプロモーションの3つで構成される展示会です。例えば、家電の見本市が製品やサンプルなどの具現化した物が並んでるのに対し、映像見本市は企画段階の構想を持ち寄ることもあります。最終的に作品として作り上げるプロセスは別にあり、その前段階としてネットワーキングを含めて時間をかけています。公開の企画ピッチなどもあり、見ていて、色々な国のクリエーターが今何に関心を持っているかが分かるので面白いです。また、完成した映像の出演者や監督、プロデューサーが登壇し、試写が行われることもあります。

ーーコロナ禍で取材状況に変化はありましたか。

コロナ以前は、カンヌや香港、シンガポール、中国、韓国などに直接足を運び、現地のクリエーターやプロデューサー、出演者の方々と直接お会いしながら、あまり日本で知られていないけれど知るべきコンテンツや、その制作事情を届けてきました。近年はコロナ禍で海外渡航が出来ず、従来の形のままといきません。全ての国際映像見本市がオンラインに切り替わりました。それまで10年くらい海外現地で取材し続けてきたので、大きな変化でした。

海外に行けなくなってからは、今までのネットワークを生かしてアジア、南米、ヨーロッパなどから、オンライン展示会のお声がけをして頂きました。現地だと関係者を捕まえやすかったり、空気感を見て「この話は今後伸びていくかな」「取材するべき話かな」と分かったんですけれど、オンラインだとその感覚が掴みづらいです。

そうしたオンラインならではの難しさがある一方、VRで開催された2021年のサウス・バイ・サウスウエスト(世界最大級の複合イベント)では、新しい形の展示会でどのようにビジネスネットワークを広げられるかなど、様々な知見を得ました。2021年10月には2年ぶりにカンヌ現地で世界最大級の映像見本市MIPCOMが復活しましたので、いち早く現地に向かい、取材しました。工夫を重ねながら、少しでも日本に情報を届けることができたらと思っています。

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(2021年10月のカンヌ現地取材にて)

やりたいことと需要の重なりを探す

ーー以前は商社にいらっしゃったとのことですが、放送業界へと歩んだきっかけは何でしょうか。

あまりキャリアを意識しすぎずに、やりたいことや今出来ること、長く続けられることを考え、転職しました。現在は、この仕事が楽しいので続けています。

ーー海外流通ビジネスに長く携わられている理由はありますか。

2009年から海外取材を始め、現地で大きく視野を広げられたことがきっかけです。ちょうど当時国際展開を広げる手段として「国際共同制作」がキーワードになっていました。その以前から日本のテレビ番組で評価されている作品もありましたが(SASUKE、風雲!たけし城、料理の鉄人など)、色々な国の人がコンテンツビジネスに携わり、アイデアを出し合って市場を大きくしていっていることに気づきました。そして今後時代が変わっていくと、こういった内容の発信は需要があるのかも知れないと感じました。

ーー長谷川さんはやりたいと思ったことに突き進んでいくタイプなのですね。

理由はあとから付いてくるので、肌感覚を大切にしています。そしたら実際にトレンドが形成され、さらに突き詰めていきたいものも見つかります。

ーーやはり英語はご堪能なのでしょうか。

英語は最低限の基本を押さえています。ただペラペラ話せなくても、何か意見を求められたときに自分の意見を少しでも言えれば存在感を示せます。知りたいこと、聞きたいことの内容が大事であり、行動することで相手は必ず反応してくれると思います。英語の完璧さにこだわるよりも、とにかくメールを送る、聞きたいことがあったらすぐにチャットして教えてもらう。まずはぶつけてみることが大事だと思っています。

Netflixでグローバル化が加速

ーー10年以上、海外コンテンツに触れた中で感じられた、トレンドの変化についてお伺いしたいです。

ざっくりしたトレンドは、自国でしかヒットしなかったものが、色々な国で視聴されるようになったことです。Netflixによって、1つのコンテンツが多言語に翻訳され、世界中に同時に配信されるビジネスモデルが出来たことが大きいです。様々な国のコンテンツが観られるようになったことは、1ユーザーとしても面白いです。

また、今までは自国の番組が他国で見られるようになるには時間がかかるものと考えられていました。現在はYouTubeやTwitterの流行で、世界中の人が同時に情報を得られるようになっています。加えて、動画配信プラットフォームで観たい時にいつでもすぐに観られるので、コンテンツの人気が出る速度が一気に高まったと思います。

ーー長谷川さん自身がヒットすると予測したコンテンツはありますか。

Netflixの作品もそのひとつです。また今日本で人気がある、タイのBL系ドラマもアジア見本市では以前から頭角を表していました。タイに限らず、インド、トルコの派手なプロモーションの仕方も上手だと思っていました。

ーー海外の中でも日本のコンテンツの魅力だと思うことはありますか。

コンテンツに関しては1つ1つに良さがあり、一概に言うことは難しいです。ただ成功要因はセールス方法やプロモーション、マーケティングなども鍵になります。コンテンツそのものについてはどのような企画がヒットするのか、正解は分からないというのはよく言われています。

さらに今は韓国や中国、タイがそれぞれの映像コンテンツの作り方や売り出し方を学び、勢いがあります。自分たちはこういうやり方でやるという覚悟があるというか。日本の場合はその辺りが弱点なのかもしれません。ただし、日本の経済力や信頼度の高さは強みになるので、あとはグローバルヒットを目指すやり方も追求することが必要だと思います。

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(長谷川さんの近著『Netflix戦略と流儀』)

忘れられないカンヌでの思い出

ーージャーナリストのお仕事の中で最も印象的だった出来事は何でしょうか。

2009年春に初めてカンヌへ行ったことです。カンヌのMIPTV/MIPCOM見本市は、世界100か国以上から1万人以上の人が集まる壮大な場です。そこで、これだけ多くの番組・コンテンツが世界にはあり、その元となる色々な思想・アイデアがあることを知りました。約1週間に渡って見本市が行われる中で、色々な人と会ったり、コンテンツを見たりしたことが印象深くて、毎年来たいという気持ちになりました。それからは、1回目に参加した時の気持ちを忘れずに参加し続けています。

ーー記事のアイデアはどのように生み出していますか。

日々の取材活動からです。形式張っていることはなく、毎日の積み重ねを大切にしています。

ーー色々なコンテンツに触れたり取材を重ねたりする中で、気になったことを記事にされているのですか。

きっかけは自分が気になるということも大切ですが、読んで下さるのは読者の方々です。そのため、媒体ごとにどんな方が読むか、どんな情報が求められているのかということは、もちろん意識して記事に落とし込んでいます。

ーー取材や書く仕事は、お子様もいる中でどのように両立させていますか。

どうしても細切れに仕事をすることも多いです。子育てしていると、集中したいときに子どもが話しかけてきたり、突然病気になったり、突発的な出来事がたくさんあります。最初は手一杯だったんですけれど、慣れてくるとちょっとした隙間時間で集中力を養えるようになりました。買い物に行く時間で次の記事の構想を考えたりと、家事の隙間に「あの記事をこういう風に変えようかな」と考えたりします。

ーーなんとかやり遂げるという姿勢が素晴らしいです。

どんな条件でもやりたいと思うことはやります。ただ体調管理は大切にしています。海外で現地取材をするときは、現地の食べ物に気をつけたりします。また、ピラティスなど、日常にちょっとした運動を取り入れて、少しの頑張りを続けるようにしています。

続けることで学ぶことが出来た

ーー長谷川さんはメディアとどのように関わってきましたか。

元々ジャンルを問わず、映像を観るのが好きです。ドラマやリアリティーショー、ドキュメンタリーなど、話数でいうと、月に50話ほど観ています。話題作や世の中の流れを汲んだ作品、新しさを感じるものなど、その時々で選んで観ています。

ーーお話を聞いていてメディアを好きな気持ちがお仕事に繋がっているという印象を受けました。改めて、仕事のモチベーションとなっていることは何でしょうか。

コンテンツ制作の背景を届けることは意味があることだと思っています。取材をする中で感じた新しい発見を届けることと、今後を見据えた分析をすることが自分の役割だと思っています。もちろん記事を多くの方に読んでいただき、反響があることもモチベーションになります。

ーー最近のお仕事と、これからやってみたいお仕事を教えてください。

経済誌からエンタメ誌、業界誌まで、連載やレギュラー執筆させてもらいながら、日々地道な取材活動を続けています。今夏には『放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム』という共著を出版させていただき、10月には『NETFLIX 戦略と流儀』を書き上げました。このような機会を1つでも増やしていき、日々の取材活動の延長線上に出来ることをあまり凝り固まらずにやりたいと思っています。

取材活動の他にも、知見を活かして講演やプロジェクトのファシリテーターなども担っています。コンテンツ業界全体が盛り上がって、私も1視聴者として、新しい発見がたくさんできたら嬉しいです。その循環を回していく1人として担っていきたいと思います。

ーー最後に、メディア業界を志望する学生や若手社会人に向けて一言お願いします。

続けることを大事にしてみてください。その道が間違っているかどうかは、その時点では分からないと思います。私の場合は日本で海外流通コンテンツを取材しているジャーナリストがいなかったという理由で、この仕事を始めました。

その一方で、カンヌでは私と同じ専門分野の海外のジャーナリストがいらして、どのようなモチベーションで取材しているのか教えてもらうこともあります。長年取材をしているシンガポール在住のジャーナリストの方が「What’s your story?」といつも聞いてくるんです。10年前、初めてそれを聞かれた時、「記事のテーマも切り口も与えられたものではなく、自分自身で見つけていくものなんだな」ということに気づかされ、その後は質問に答える準備が出来るようになりました。

そう難しいことではなく、現実に起こっていることを見ながら次に何が起こるのか、できるだけ分かりやすく伝えることを心掛けること。そしてどのように伝えれば、そのストーリーで新しい発見ができるかを考えるようになりました。そうすると、何かその人だからこその記事が生まれていくのではないかと思います。ぜひ意識の持ち方を変えてみてください。 放送コンテンツの海外展開: デジタル変革期におけるパラダイム www.amazon.co.jp 2,970円 (2021年11月20日 12:26時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する NETFLIX 戦略と流儀 (中公新書ラクレ) www.amazon.co.jp 857円 (2021年11月20日 12:16時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する

長谷川朋子
メディア/テレビ業界ジャーナリスト。国内外の映像コンテンツを独自の視点で解説した連載記事を多数執筆。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像見本市MIPの取材を約10年続けており、日本における海外流通ビジネス分野の第一線で活躍中。「ATP賞テレビグランプリ」の「総務大臣賞」の審査員や業界セミナー講師、行政支援番組プロジェクトのファシリテーターなども務める。近著に「NETFLIX 戦略と流儀」(中央公論新社、2021年)がある。

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聞き手&執筆担当  志水瑠奈
株式会社クロフィー インターン
埼玉大学教養学部4年

インタビューを終えて:今回、映像の見本市の存在を初めて知り、普段何気なく見ている海外ドラマがここから生み出されているかも知れないと思うとワクワクしました。そして長谷川さんのやりたいことはやる一方で、客観的に自分や世の中を見ることを忘れない姿勢が印象的でした。私もこの姿勢を見習うと共に、今後も面白い映像コンテンツが生まれることを楽しみにしたいと思います。

本連載企画について:メディア関係者と広報PR関係者のための業務効率化クラウドサービスを開発する株式会社クロフィーでは、両ユーザーに向けた本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、サポートは土橋克寿

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