福岡発、地方紙読者に寄り添う相談所ーーローカルメディアの役割とは?

読者とSNSでつながって困りごとを取り上げ記事にする「あなたの特命取材班」や、地域の外国人との共生の一助を目指す「やさしい日本語」でのニュース発信などに取り組む西日本新聞。担当の1人でもある福間慎一さんに、ローカルメディアの魅力や、新聞離れが進む中でのメディアの未来について聞いた。(聞き手:村上和 連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)

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東京での大学生活で地方紙の魅力に気づく

ーー現在のお仕事内容を教えてください。

西日本新聞のクロスメディア報道部に所属し、紙とデジタルの双方を進めていく取り組みを行っています。他の部署を繋いだり、他の媒体や新聞社と連携したりもしています。また、西日本新聞の「me」というニュースアプリの編成、SNSやライブ配信の運用、「あなたの特命取材班(以下、あな特)」の事務局などにも携わっています。その他には、日本に住む外国人向けに易しい日本語でローカルニュースを配信する取り組みを行っています。

ーー大学生時代から新聞記者を目指していましたか。就職先として地方紙の記者を選んだ理由は何ですか。

東京の大学に進学したことで地元を見直すようになり、地元で働きたいという気持ちが強くなりました。小さい頃から報道に漠然とした興味があり、起きたことを世の中に伝え、世の中の問題を明るみに出す仕事が面白いなと思っていました。もともと西日本新聞を購読しており、一番身近な媒体でもあったため、今の会社を受けました。

地方紙の魅力とは

ーー地方紙の強みや地方紙にしかできないことは何ですか。

地方紙には強みがたくさんありますが、その一つは、地方の本拠地に多くの記者がいることです。日々起こることを取材するには多くの人手がかかります。海外では地元の記者が減って大事なニュースが見過ごされるケースも出ていいます。

もう一つは、寄って立つ「地元」があることです。全国紙や通信社と比べて、地方紙には「地域を元気にする」という明確な目的があります。西日本新聞でも九州出身の記者が多く働いており、地元に根付く西日本新聞は身近にある存在です。そこに寄って立つことが結果的に強みになっていくのだと思います。

ーー地方紙の中でも西日本新聞の特徴は何ですか。

本拠地である福岡は、アジアに開かれている街です。また、幣紙は地方紙でありながらも東京や海外にも拠点があり、広がりもある地方紙だと思います。東京拠点の記者は主に政治や経済を担当しています。

ーー地方紙と全国紙の支局とでは取材網は異なりますか。

地元紙は、全国紙に比べてきめこまかに記者を配置しています。西日本新聞には福岡市とその近郊だけでも7つの支局があり、その数だけ記者がいます。地元紙以外の新聞社の取材拠点はほとんどの場合、地元紙よりも少ないです。紙と全国紙の支局では人数規模が大きく異なるので、取り上げるニュースも、地元紙の方が目が細かくなると思います。

ーー福間さんが記者人生の中で追っているテーマはありますか。

私は戦争の記憶を辿って伝えています。学生時代から漠然と興味を持っていましたが、主なきっかけは、長崎に赴任し、原爆被害の取材を行い、戦争被害が今も続いていることを実感したことです。いずれそのような声が伝わらなくなっていくので「私たちが声を残し伝えていかなくてはならない」という思いで今もこのテーマを追っています。

Yahoo!JAPAN出向 気づいたローカルニュースの課題

ーーYahoo!JAPANへ出向されたことがあるそうですね。どのような仕事をしていましたか。

2016年当時、弊社とYahoo!JAPANで社員を1年間交換する取り組みをしていました。仕事内容としては、主にYahoo!ニュースの編集で、いわゆる「ヤフトピ」、ニューストピックスの選定やSNSの運用を中心に行っていました。

ーー出向を経て変わったことはありましたか。

まず、紙の新聞が読まれなくなっていることを大きく実感しました。また、インターネット上に出ているニュースは画一化しており、東京のニュースは多く発信される一方で、地方のニュースが少ないとも感じました。今でこそテレビや新聞などもローカルニュースを比較的多くネットに発信するようになりましたが、2016-2017年当時ではまだ少なかったと思います。同時に、その少ないローカルニュースの需要が決して少なくはないことにも改めて気づきました。

ーー当時、デジタルのローカルニュースが少なかった理由は何ですか。

我々のデジタルへの転換が、遅れたことが大きいのかもしれません。弊社は現在デジタルの媒体を推進する取り組みをしていますが、新聞業界全体が変わっていくには時間がかかりますし、完全に変わる頃にはもう紙の新聞はほとんど読まれなくなっているかもしれません。ニュースのプラットフォーマーが強い状況が急に変わることはないでしょう。デジタルに関しては、できる会社からどんどん変わっていくしかないと思います。

現代の読者に寄り添う企画「あなたの特命取材班 」

ーー「あな特 」の企画について教えてください。

「あな特」は2018年1月に社会部の企画として始まりました。SNSやメールを通じて読者の困っていることや知りたいことを募集し、それに記者が答えることによって、疑問が解消されたり課題が解決されたりすることを目的としています。

ーー「あな特」が始まった経緯を教えてください。

昨今、新聞の「読者離れ」が指摘されていますが、「そもそも離れているのはメディア側ではないか」「読者から新聞が遠い存在になっていってしまっているのではないか」という疑問がありました。読者と新聞社の結び直しをするためにも、読者の声に耳を傾けていく必要があると気づいたことが、「あな特」が始まった経緯です。このような取り組み自体は新しいものではなく、むしろ昔からよく行っていました。「あな特」の20年程前にも「社会部110番」というものがあり、当時はSNSやメールではなく電話を使っていました。使用するツールが進化し、変わっただけだとも言えます。

ーー「あな特」によって実際に社会の課題が解決された事例を教えてください。

今年春に「0570」というナビダイヤルのシステムについて記者が継続的に取材をしました。コールセンターなどで電話が相手に繋がるまで課金され続け、何千円という高い料金を取られることがしばしばあります。そのような仕組みへの疑問の声を受けたものです。報道までは当たり前だったことが、少し変わりました。電話をかけたときに無料プランの対象外であることが案内されるようになり、新型コロナウイルスのワクチン予約や行政への問い合わせが、それまで主流であったナビダイヤルからフリーダイヤルに変わった自治体もありました。

スマホのキャリア決済の不正利用問題も過去に「あな特」が解決の一助となりました。不正にお金をとられたにも関わらず、携帯会社に保証対象外と言われてしまったという声が届いたのです。クレジットカードは不正利用への保証がありますが、携帯電話のキャリア決済はまだ保証がありませんでした。現在は大手携帯会社が保証制度を設けています。

ごみの不法投棄の訴えが届き、行政へ取材をする中で撤去につながったこともありました。

ーー記事に対して読者の反応はありますか。

新聞社に対して直接「あの記事は良かった」という読者の方からの反応は届きくい面があります。しかし、SNSを見ていると、「この問題は自分も前から疑問に思っていた」という声があったり、逆に「ちょっと違うんじゃないの」という声もあったり、様々な反応があることが分かります。

ーーやはり読まれる記事を書くことが重要なのでしょうか。

「読まれるから書く」ではないと思います。また、あな特の取材が全てではなく、通常の行政や警察の取材も新聞社は担っていますし、記者が個人的な問題意識でテーマを追いかけることもあります。その中の一つとして読者の関心に耳を傾けることができればいいと思っています。読者の声によってのみ記事を書くのもよくないですし、かと言って読者の声を全く反映しないのもよくありません。

「あな特」通じ 新聞社の役割を再認識

ーー「あな特」を通じて得られたものを教えてください。

まだまだ新聞社に声を寄せてくれる人や困っている人、どこにも言うところがないから新聞を頼ってくれる人がいることに気づいたことです。現代では、個人が好きなことをSNSで日々発信していると思います。しかし、これだけコミュニケーションの手段が発達していても、表に出ているのは氷山の一角で、本当に言いたいことが言えていない人も多いのだと「あな特」を通じて実感しました。自治体や弁護士にも相談できない状況にある人が、困っていることやなかなか他人に言えないことを新聞社に伝えて頼ってくれることは少なくありません。新聞社が「どこにも相談できない」思いを受け止める、よろず相談所のような場所になっているのです。

SNSを見ていると、「紙の新聞なんかいらないし読んでない」という発想になることが多いですが、実際には、「地元の新聞に話を聞いてほしい」という人がいることを知りました。この企画は、読者の様々なリアクションを得ることで、記者がちゃんと読者に必要とされるものを書けたというやりがいにも繋がっています。

ーーコロナ禍で「あな特」に変化はありましたか

届く声の数がものすごく増えました。多いときだと1日に40〜50件程届きます。この1年は特にコロナに関する困りごとが大きな割合を占めています。例えば、大学のリモート授業など、皆が両面の意見を持っていたり、答えが一つではなかったりする問題も多く、それだけこのコロナ禍の深刻さを思い知らされます。

ーー調査報道を行う上で心がけていることを教えてください。

まず聞くこと、そして調べることです。記事そのものに自分の意見を入れるのではなくとにかく事実を伝えることが最も重要です。まず動かないと先に進みません。

一方で、今は主観を交えて、いわばブログのように「自分たちの思っていることをコラムとして書くのも記事である」と捉えられることも増えていると感じています。そのような状況にあるからこそ、思い込みでなくしっかり調べて裏付けを取ることが必要でしょう。とても難しいことで、自分にも不十分な面が多いと思います。

これからのローカルメディアに求められることとは

ーー西日本新聞が人々にもっと読まれるためにはどうしたらいいと考えていますか。情報の受け取り手である私としては、地方紙の本拠地以外にも様々な地域の記事を読むことができたらいいなと思います。

この問題は私たちが新聞社の中だけで考えるよりも読者の意見を知りたいところです。弊社でも、他の地域で取り上げられたもので面白いものを取り上げることはあります。確かに、自治体は異なっていても、地方には共通した問題も少なくありません。

ーーネット社会の現代において、報道では何を大事にするべきだと考えていますか。

ニュースを一方的に知らせるだけではなく、そこに住む人々の話に耳を傾け、伴走型の報道も行うことです。困っている人は、自分なりに物事を調べたり、身の回りに起きていることをしっかり記録したりしています。近くにいるそのような人たちと一緒に進んでいくこと、そして考えていくことを大切にしています。

ーーYoutuberなどの個人と新聞社などの組織による情報発信を比較したときに、後者にはどのような利点や役割がありますか。

組織での発信は、複数の人間が報道に関わることが利点かもしれません。「読まれる」「見られる」ということだけを重視すると、どうしても尖った者勝ちになってしまいます。しかし、それで世の中がよくなるかと言ったら違うのではないでしょうか。

一方で、新聞は長年の慣習やスタイルのために、新しい問題やこれまで、声をあげられない人がいることに気づかなかった面があるとも言えるのではないでしょうか。LGBTなど今まで当たり前に押しつぶされていた問題が出てきたのは、個人で発信する方々の影響も大きいと思います。新聞も良さを残しながら、変えるべき部分を変えることが求められているのかもしれません。

新たな挑戦 全国のローカルメディアと連携

ーーこれから挑戦したいことについて教えてください。

地方紙同士の連携に挑戦したいです。紙の新聞の購読者はどんどん減っています。ローカルメディアとして、これから先どうやって必要とされ続けるかを常に問われている地方紙は、全国にいくつもあります。皆同じような思いで日々取材をしたりものを伝えたりしています。それらの地方紙ともっといろんな協力や連携をしていきたいです。現在取り組んでいる最たる例として、全国各地のローカルメディアとつながって課題を解決する「あな特」がありますが、ノウハウの共有など今までとは違う繋がりも作っていけたらと思います。

福間慎一

2001年に西日本新聞社に入社し、文化部、長崎総局、本社報道センターなどを経て、2016年にはYahoo!JAPANに出向。現在は、クロスメディア報道部にて「紙もデジタルも」の報道を実現するべく、ニュースサイト/アプリ「西日本新聞me」の編成業務にあたる。その傍ら、読者の声にこたえる「あなたの特命取材班」の事務局や「やさしい日本語」でのニュース発信などに携わっている。

聞き手&執筆担当:村上和

株式会社クロフィー インターン
東京外国語大学国際社会学部3年

編集後記:東京都に近い埼玉県に住んでおり、これまでは地元のニュースよりも政治経済や国際面ばかりに目を向けていたが、インタビューを通じてローカルニュースの意義やその魅力を知った。「地域の課題は別の地域でも共通するものであることがある」ということを書き手と読者の双方が認識することで、1つの地域での課題解決が他の地域の課題解決に繋がるのではないかと思う。また、これからの時代にはローカルメディアに何が求められるのかをお伺いすることができ、大変有意義なインタビューだった。

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