グロービスの全社広報として着任後、現役の総理大臣を招くイベントのメディア対応に携わった田村菜津紀さん。前職のニコン・リクルート時代から新規事業開発へ携わり、現在もグロービスのスタートアップ支援プログラムに関わるなど、事業開発経験の豊富な広報担当者である田村さんへ、その稀有なキャリアから捉える“広報PRの在り方”を伺った。(聞き手:根本雛子 連載企画:学生が迫る、広報PRの担い手の素顔)
現役総理と3つの「初めて」
ーー現在のお仕事について教えてください。(※2021年8月時点)
グロービスで、ベンチャーサポートチームとグループ広報の2つのチームに所属しています。サポートチームでは、シード期のスタートアップ企業を支援するアクセラレータープログラムの企画や出資担当をしています。一方広報では、グループ全体を統括するグループ広報活動を担っています。
ーー広報業務はどのような経緯で始められたのですか。
コロナ禍によって、私が携わっているベンチャーサポート企画自体の見通しが立たなくなった時期がありました。そのタイミングで、リソースの空いた私に声がかかり、引き受けました。
ーー広報ではどのようなことをされていますか。
私はグループ全体の広報なので、全社のブランド管理、プレスリリースの作成、イベントへのメディア誘致などを行っています。
まず、ブランド管理の視点では、社内の仕組み作りや商標管理を行っています。例えば、SNSで発信をする上でのマニュアルを整理したり、行動指針である『グロービス・ウェイ』の中に、社員企画の軸になるルールを設けたりしています。また、グロービスの理念やロゴなどを管理し、知財として守っています。
次に、プレスリリースに関する業務では、各事業部門担当者へのヒアリングをまとめてリリース文を作成し、発表します。時には取材を取り付けたり、逆に受けたりもしています。
最後のイベント業務では最も大きいものとして、様々な業界の方をお呼びするカンファレンス『G1』があります。ダボス会議の日本版をイメージして頂ければと思いますが、広報としてこのイベントでは、メディアを誘致し、その方々との交渉を担う業務をしています。2020年のG1経営者会議には、当時の菅義偉総理大臣をお招きしました。
ーーその菅前総理(※2022年1月記事公開時点)がいらっしゃったイベントについて具体的に教えてください。
この時は、3つの「初めて」が重なりました。1つ目はG1経営者会議が菅前総理の就任後初めての民間講演だと聞いていたこと、2つ目は2009年から毎年開催してきたG1の歴史において現役総理大臣が登壇することが初めてであったこと、そして最後は私自身が大規模イベントにメディアを誘致する行為が初めてであったことです。
3つ目の「初めて」についてですが、私が広報に配属されてから半年も経たないうちに、現役の総理大臣を招くイベントに携わることになりました。その上、広報の国内担当は私1人ですので、経験や知識もあまりないまま業務に携わる必要がありました。広報のキャリアにおいて、初めてとなる大規模イベントでのメディア誘致を行う場が、現役の総理大臣の回という特殊な経験をさせていただいたのです。
この時、私は広報として秘書の方やぶら下がり取材を行う番記者の方々との連絡、メディアの選定など様々な準備を行いました。G1のミッションに共感し、趣旨をご理解頂いた上でご参加いただけるよう、各メディアのより上層の方を通して、そこから適切な方を呼んでいただくことを一社一社注意して行いました。
ーーどのような部分に一番苦労されましたか。
お声がけをする記者の選定に一番苦労しました。中長期的に関係を持ちたいメディアを誘致することが前提としてありましたので、イベントの成功だけでなく、その先を見据えた担当者の見極めが求められたのです。特に、現役総理の登壇というのは初めてのことでしたので、弊社代表もご招待する記者の方々のリストについては確認に関わりました。その際に、過去からの引き継ぎや代表の意向を聞きつつ、選定する部分にも大変さを感じました。
ーー逆に、どこにやりがいを感じられましたか。
メディアの方と良い関係を築くことができたのは良かったなと感じています。現役総理が民間イベントに登壇する機会は中々ありませんので、そのような場所を提供できたこと自体、大変喜んでいただきました。さまざまなメディアの方に記事で取り上げていただいたことはもちろん、その中でも特に、ダイヤモンド社の記者さんが書いてくださった記事が印象的でした。雑誌の中で2ページにわたって記事を掲載していただいて、私も大変嬉しく思い、お互い良い関係を築くことができたと思っています。
ーーコロナ禍におけるイベントですが、どのように実施されたのか教えてください。
菅前総理が本当にいらっしゃるのかどうかも、社会情勢をみながら前日まで秘書の方と調整していました。また、当日参加したメディア企業20社の中でも、テレビメディアでは動画を各局ごとに共有して頂くことができました。本来、各社がこぞってカメラを持ち出すところを、コロナ禍を理由に1社のみの撮影にして頂いたのです。
ちょうどテレビメディア側でもコロナをきっかけに各社が連携する動きが出ていたらしいのですが、それに乗っからせていただく形で、実際のオペレーションを想定した動きについてのやりとりをテレビメディア側と行いました。また、他のメディアにおいてもカメラの数及び同伴者の人数を調整してもらったり、ディスタンスを取ってもらうなど、様々な対策を行った上で、イベントを開催することが出来ました。
心理学専攻でロボット開発
ーー田村さんのグロービス入社までの経緯についても、お話を伺いたいです。どのような学生時代を過ごされましたか。
学生時代は、早稲田大学で心理学を学び、東進ハイスクールでのアルバイトに打ち込んだり、サンフランシスコに留学をしたりしていました。留学先では、インターンに参加したり、当時にしては非常に新しいカーシェアリングなどのサービスを使ったりしていました。また、ロボットを開発するゼミに所属していたので、そのゼミでビジネスコンテストに参加したこともありました。
ーー心理学専攻なのに、ロボットゼミにいらしたんですか。
はい、そうなんです。可部明克先生という有名な先生のゼミに入りました。この方は、三菱電機でエンジニアをされていたのですが技術開発において、「人間の心理を理解されないまま創るプロダクトでは、社会に受け入れられない」という課題を認識したそうなんです。なので心理学の側面を利用してビジネスにする仕組みが必要だという認識の下、ゼミ自体がエンジニア半分・文系半分で構成されていました。
ーー留学先では、どのように過ごされましたか。
面白かったのは、フルブライト奨学金という海外のMBAや博士課程に進む方を支援する制度を世界的に運用するNPO法人(Institute of International Education)でインターンをしたことです。またサンフランシスコは、起業家が多く新しいサービスがどんどん生まれていく環境だったので、それらのサービスの利用を通して、現地のスタートアップには大変刺激を受けました。
ニコン・リクルート時代
ーー新卒で入られたニコンへは、どのようなきっかけで入社を考えましたか。
学生時代にボストンキャリアフォーラムという海外で就職活動ができるイベントへ参加した際に、カメラ好きであったこともあり、共感できることが多くありました。加えて、海外でもネームバリューが大きい会社であることや事業領域としてもバウンダリーがないことに惹かれ、就職を決意しました。
ーーどのような業務を担当されていましたか。
ニコンでは、新卒で新規事業開発本部に配属されました。この部署で、「なぜ社内から新規事業が生み出されないのか」について探っていく中で、社内外の人や技術を巻き込みながら事業を創る必要があることに気が付きました。そこでスタートアップとの事業開発を行うアクセラレータープログラムや社内起業家の育成プログラムの立ち上げを起案し、実行しました。当時まだアクセラレーターという存在が国内では知られていなかった時期でしたので米国の事例を研究し、1年次ながら、役員の方へプレゼンを行い、その結果新規事業開発本部から経営戦略本部に移り、社内起業家の育成プログラムに携わることができました。その後、経営戦略本部にてコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の活動を通して、スタートアップへの出資と事業開発を担当しました。
ーーその後、リクルートに移られたのは、なぜですか。
ニコンのプログラムから起業家が誕生する一方で、新しく主要事業の軸となるような事業開発が出てこない現実がありました。この要因として私は、社内で新しい事業を立ち上げる際に、チャレンジする人材を評価する仕組みが無いことだと考えました。事業を立ち上げる人がいるだけではダメで、会社側も人材の経営思想に付いていかない限りは難しいのではないかと思ったのです。
既存事業の経営が当然重要視される中で、新規事業へのリソース分配は限定的にならざるを得ない環境があり、いわゆる「イノベーションのジレンマ」を抱えている状況だったのです。ニコンがこのような状態にあったので、次第にそうではない会社で学んでみたいなと考えるようになりました。その際に、新しい事業を自社で次々と生み出し、且つ起業家輩出でも有名なリクルートが私の選択肢の一つにあり、新しい挑戦をしようと思いました。
ーーリクルートでは、ご自身が目指してた人材評価を体験できた実感はありますか。
リクルートには個をモチベートして評価する仕組みがあり、そのような人事制度の企画や、キャリアの希望に基づいてグループ間で部署異動ができるプログラムの企画運営にも携わせていただきました。全てを理解したわけではないですが、リクルートに脈々と流れる企業家精神であったり、何事も自分事としてくらいついていく先輩社員の姿から当時の自分に足りていなかった多くのことを学ぶことができました。
ーー前職2社での経験が、広報の仕事に活きているなと実感した出来事はありますか。
広報の仕事は、会社や事業の価値を再発掘して言語化し、世の中に必要とされるストーリーに変えて発信していくという意味合いにおいて、新事業開発での価値づくりに共通する部分があると思っています。どちらも事業や会社のコアバリューをしっかり理解して、そこにある価値を自分なりの表現に言語化し、形にしていくことが重要です。なので、新規事業開発のスキルは、広報においても役立っていると思っています。
ーー現在のグロービスで関われているスタートアップサポート事業と、広報の仕事との共通点はありますか。
全く違うことをしているように見えて、こちらも複数の部分で共通しています。まず、どちらも支援をする立場にあります。そしてそれはスタートアップとエスタブリッシュな企業という対象は違えど、会社のビジョン・事業戦略、今立ち向かっている課題を整理したうえで、必要な打ち手を模索していく、そのような支援の形です。そのうえで、その支援の打ち手の内容が異なっているだけだと思っています。スタートアップ支援においては、投資後のValue-addの観点において広報のチエをインプットすることが直接役立つこともあります。
ーーお話を伺っていて、当初のニコンからいくつか共通点があるように思えます。
ニコンの時から、私自身がプログラムオーナーとして自ら企画を出し、社内起業家の方に参加してもらう形式でしたので、その当時から起業家と事業の支援ということをずっとしてきています。そういう意味だとそんなに変わりはしないですが、当時は0から立ち上げていること、広報では既存の事業や人を支援していく点は異なっていますね。
広報とメディアの関係性
ーーグロービス社の広報はどのくらいの規模ですか。
国内担当として私ともう1人、海外担当が2人、上司の方1人という合計5人のチームです。グループのグローバル展開にあたって、今年に入って増員しました。
ーー広報でなにか苦労を感じる点はありますか。
プレスリリース時に、肝となる事業理解を短期間で行わなければならない点に難しさを感じています。グループ全体を担当しているので、様々な部門の方と関わります。その際には、きちんと部門担当者と同じ目線になりきる必要があります。また、伝えたい情報を文章として上手く表現できなかったりするときには、もどかしさも感じることもあります。
また、記者さんやメディアの方とのコミュニケーションには結構苦労することが多いです。メディアの方から直前にご連絡を受けることが多くありますが、その背景や意図を即座に理解して、期待される時間軸で対応する、ということが求められますがテレビメディアなどの取材アレンジはハードですね。また、新聞社などのメディアでは、担当者の変更も多いので、どの方にどんなネタを持ち込んだらいいのか中々追い切れず、その点も難しさを感じます。
ーー逆にやりがいを感じることはありますか。
情報を必要とする人に対して、広報の力で適切にメッセージを届けることができた際にはやりがいを感じました。今年はワクチンの職域接種を実施しましたが、ワクチンの対象者は幅広く、グロービスの従業員以外にもグロービス経営大学院の生徒や卒業生、グロービス・キャピタル・パートナーズの投資先、私が担当するアクセラレータープログラム『G-STARTUP』投資先企業も対象に含まれています。その職域接種についてのプレスリリースを行ったところ、大学院に通われていた方から「実は私も対象だったんですね」という連絡を頂き、その方がワクチンを受けられたことがありました。この時は、広報の力で役に立つことができてとても嬉しく感じました。
ーー広報のお仕事では、メディア関係者の方とどのように関わるのでしょうか。
日々インバウンドでの案件が入ってくるので、たくさんのメディアさんとお付き合いをさせて頂いています。他には、定期的に社長のコラム記事を出して頂いた方、もしくは書籍を担当頂いた方などに、企画を打診をすることもあります。
ーーメディア関係者とどのような関係を築きたいですか。
社会に対して、新たな価値を一緒に発信していくパートナーのような存在になりたいです。メディアの方はきっと、世の中を観察をした上で読者にとっての有益な情報をお届けできるように、常に考えられています。そこに対して素材を提供するのが、私のような一企業担当だと考えます。なので、その価値を一緒に作っていける存在でありたいです。
また、深い関係、ビジネスパートナーとしてのメディアさんをグロービスでは持ちたいと考えています。広く浅く様々なメディアさんとつながりを持つよりは、なにか新しいことを打ち出したいと思った時に、一緒にニュースバリューを創っていける深い関係性にあるメディアさんを数社持ちたい気持ちがあります。
広報の在り方
ーー田村さんにとって、広報とはどうあるべきでしょうか。
企業の広報であれば、社長の代弁者であれというのが一つあると思います。私は特に代表室の直下にいるので、社長の声を社会的なストーリーに載せていかに効果的に発信できるかを意識しています。会社の事業についてはもちろん、社長の考えを一番に理解する存在でいようと努めることで、社会にとって価値ある発信をすることができるのではないかと考えています。
ーー社長や事業のことを理解するために努力している点はありますか。
会社のイベントやニュースについては、常にアンテナを張っています。また、各部門の担当者とのコミュニケーションを通して、広報が部署の手助けをできるように心がけています。「なにかあれば相談してください」と一言声を掛けておくことで、新しいアイデアが思いついた時に声を掛けてもらえるようになります。社長に関しても、取材には必ず同席して話を聞いて、少しでも理解しようと努めています。
もちろん前提として、自分なりにサービスや人などの対象にどんな価値があるのかを言語化し、それを社会に示していくことが出来るのが広報だと思います。それは、事業開発と同じような「新しい価値」をつくる力があるのではないかと、短いキャリアで感じました。今あるモノでは解決できない現状を変える力や、社会に対して変化を生み出せるモノこそが、価値があると考えています。
ーー田村さんが「新しい価値」の創造を重視するのはなぜでしょうか。
まずは、単純に新しいことが好きでワクワクするからです。もう一つは、周りに生きづらさを感じたり、今の環境には満足できなかったりする人が沢山いる環境に長くいたことがあります。周囲の環境を変えたり、本当にやりたいこと・変えたいことがあるのであれば、新しく何かを創るしかないというのが、私の価値観の根底にあるのかなと思います。
これからのビジョン
ーーグロービス全体のビジョンについて教えてください。
これまでアジアNo. 1のMBAを目指していたのですが、これからはテクノベート時代の世界No. 1になる目標を掲げています。「創造に挑み、変革を導く」という会社の大きなビジョンは変わりませんが、対象をアジアから世界に広げました。
ーー広報における今後の具体的なビジョンについて教えてください。
広報としても、海外でのプレゼンスを発揮していけるように新たな挑戦をしていきます。具体的には、海外メンバーとグローバル展開について議論を進めています。
また、新たに力強いメンバーが加わり、チームとしてもよりパワーアップするタイミングにあると思います。さらに一緒にビジョンを実現していく仲間を募集しているので、この記事を読んで興味を持った方には是非、採用面接にお越しいただきたいと思っています。グロービスの活動を通して「志あるリーダーを広報を通して育成したい」と考えてくださる方と一緒に働きたいです。ちなみに、G-STARTUPの方も仲間を募集しているので、フラットに関心ある方いればぜひお声がけいただきたいです(笑)
ーー田村さんの個人的なビジョンについて教えてください。
私のビジョンとして、「人の可能性を最大化する」ことを掲げています。誰もが自分の可能性にワクワクしながら生きていける社会を実現したいです。その為には「見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい」というガンジーの言葉にあるように、自らがその変化を生み出す側でありたい。社会で生きづらさを感じている人やまだ解決されていない課題の解決のために必要な「新しい価値」を生み出して、伝えていくということをしていきたいと思います。
田村菜津紀
早稲田大学卒業後、ニコン経営戦略本部に所属し、主に新事業企画に従事。リクルートへキャリアを移したのち、2019年10月よりグロービス代表室ベンチャーサポートチームと兼任で2020年6月よりグロービス全社の広報を担当。
聞き手&執筆担当:根本雛子
上智大学総合人間科学部3年
株式会社クロフィー インターン編集後記:田村さんが学生時代から現職まで一貫して、社会へ新しい価値を届けようとしている点に大変憧れを抱いた。また、企業の広報として媒体やメディア関係者の方と単純な関係を持つだけでなく、社会へ価値を提供するパートナーとして共に存在したいという想いにも、共感する部分がとても多かった。これから社会人として成長する私にとって、人の為に社会の為に自分がどのような立ち位置で関わっていくことができるのかを考える貴重な機会となった。
本連載企画について:メディア関係者と広報PR関係者のための業務効率化クラウドサービスを開発する株式会社クロフィーでは、両ユーザーに向けた本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、サポートは土橋克寿。
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