音楽メディアの役割とは?米国で最も権威のある音楽チャート『Billboard』日本版編集長に聞いた

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多くの人の身近にはいつも音楽がある。コロナの影響で、さらに実感した人も少なくないだろう。そんな音楽を扱う主要メディアの一つに、Billboard(ビルボード)があげられる。米国で最も権威のある音楽チャートといわれ、日本でも確立された地位を持つBillboardの日本版『Billboard JAPAN』編集長である高嶋直子さんに、学生目線から質問してみた。(聞き手:川原紀春  連載企画:学生が迫る、メディアの担い手の素顔)

高嶋直子

(高嶋直子さん)

生の音楽を求めて

ーーこの仕事についた理由、音楽業界を志望した理由を教えてください。

私は子供の頃から、ピアノを弾いたり歌を歌ったり、自分で演奏することが好きで、大学は京都市立芸術大学音楽学部で声楽を専攻しました。でも、将来を考えた時になかなかクラシック業界で歌で食べていくことは厳しかったので、就職しようと思ったんです。卒業後、いくつか仕事を変えて今3社目ですが、生の音楽の現場に魅力を感じていて、ビルボードライブという生の音楽を提供している空間で働きたいと2008年に(株)阪神コンテンツリンクのビルボード事業部に入社しました。

ーークラシックでも生の音楽を提供できると思うのですが、あえてBillboardを選んだのはどうしてですか。

素直な理由として、クラシック系では、なかなか採用枠がなかったからです。ですから、クラシックにこだわらず探したところ、国内外のアーティストを招聘し、約300人という限られた空間で楽しむことができるビルボードライブという会場に魅力を感じて入社を決めました。

さらに、実は私が所属している阪神コンテンツリンクという会社は、広告代理業などを行う阪神電気鉄道の子会社なんです。なので、阪神電車の車内吊り広告なども手掛けたりしています。ですから、もともと大阪の会社ということでなじみもあったという理由もあります。

ーーBillboard JAPANを運営している会社の親会社が阪神電車とは驚きです。

ビルボードライブ東京がオープンした時に、お祝いのお花をくださった中には野球関係の方も多くて。不思議そうに見てらっしゃったお客様も、とても印象的です(笑)。

ーーどのような経緯で、編集長になったんですか。

最初は、ビルボードライブの予約センターの立ち上げや、会場の法人営業を担当していました。その後、ライブ事業が軌道に乗り始めたこともあり、次なる事業として、Billboardのチャートデータの販売事業を立ち上げることになり、そちらのチームに参画することになりました。それが、8年前の2013年のことです。チャートの立ち上げ当初は、なかなか日本版のビルボードチャートを知っていただくのに、時間がかかりました。

2008年に発表を始めたタイミングではシングルの推定売上枚数とエアプレイ数の2指標からチャートの発表を始めたのですが、2010年にダウンロードのデータを合算し、2013年にTwitter、2015年にストリーミングと動画再生数のデータの合算を開始しました。潮目が変わったのは2016年に、RADWIMPS「前前前世」や星野源「恋」、ピコ太郎「ぺンパイナッポーアッポーペン」がダウンロードやYouTubeを中心にヒットし、Billboardの年間チャートのトップ10にチャートインしました。 Billboard Japan Hot 100 Year End | Charts | Billboard JAPAN 米国で最も権威のある音楽チャート・Billboard(ビルボード)の日本公式サイト。洋楽チャート、邦楽チャート、音楽ニュー www.billboard-japan.com


その辺りから、音楽ファンの方からBillboard JAPANが認識され始めて、世の中の流れが変わっていきました。そして、当社のチャートデータを活用いただけるようなマーケティングツールの提供などを始めた形です。

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(ビルボードライブ東京)

Billboard JAPANの編集長として

ーー編集長としての現在の仕事内容を教えてください。

公式日本版サイトBillboard-japan.comの編集全般や、広告営業、チャートのデータ営業などをやっています。サイト内では1位から100位までのチャートを発表しているのですが、それを作るために毎週実は8種類のデータを300位まで集計してチャートを作っています。そのデータを、アーティストのマーケティングのデータにしていただくためにレコード会社さんに販売したり、Billboard JAPANのチャートを軸にしたイベントやウェビナー(オンラインセミナー)をやっています。スタッフは総勢で10人もいないのですが、様々なことにチャレンジさせてもらっています。

ーーBillboardといえば複数のデータからチャートを作っているのが特徴ですが、どういう方法で行っているんですか。

TwitterはNTTデータ、ダウンロードやストリーミングはGfk Japanなど、様々な会社経由で8種類のデータを集計しています。その1週間分のデータを、翌週の月曜、火曜で集計作業をして、水曜日に発表ということを毎週やっています。

ーー音楽業界の他との関係性で、どういったところとやり取りをすることが多いですか。

一番多いのはレコード会社さんですね。アーティストを取材させていただいたり、当社のチャートデータを提供させていただいたり。Billboardでは、チャートデータを使った分析コラムも人気コンテンツの一つなので、そういった記事の取り組みをご相談させていただくなど、日々スタッフによって窓口のレコード会社さんを振り分けているので、各担当がやりとりさせていただいています。

ーーSpotifyやAmazonMusicなど、DSP側とやりとりすることもありますか。

新しくデータを集計させていただく時や、当社の自主企画にご協力いただきたい時など、DSPさん側とやりとりすることも、もちろんあります。あとは、Billboardで新しいサービスのご紹介をさせていただくなど、記事の中でご一緒することもあります。

ーーウェブサイトの編集は具体的にどういったことをやっていますか。

毎週の会議などで、どういう企画やコンテンツを出していくかを考えることがメインです。Billboard JAPANは米Billboardの日本版公式サイトなので、最新の主要な、洋楽のニュースをいち早くお届けしつつ、洋楽、邦楽ともに厳選したものを1日40本ほど掲載しています。あとはチャートに基づいたコラムなどを書くこともしています。

ーーアーティストさんにインタビューする時は、どういったところに気をつけていますか。

インタビューの最中に意識していることは、1つの質問に対して自分の中で想定した答えがあったとしても、そこに誘導しないことです。例えば、「ヒットチャートは普段ご覧になりますか」、「チャートは意識されますか」、「チャートってそもそも必要だと思いますか」などをお聞きしした時に、自分の中で答えをイメージしていたとしても、絶対そこに誘導しないように、フラットに聞くように意識しています。

ーー米国で最も権威のある音楽チャートと言われるBillboardの日本版編集長としてプレッシャーを感じることはありますか。

最初やり始めたときは、Billboard の日本版チャートが存在することすら知られていなかったので、知っていただくことで必死でした。社会的浸透度を表すために必要なデータを集計し、発表し続けたことによって、少しずつ様々なメディアでも使っていただけるようになりました。

このように、Billboardのチャートが浸透し、多くの方に見ていただけるようになったことは、嬉しい反面、間違った順位を発表することによる影響もとても大きいので、様々なスタッフによって複数回のチェックをしながら毎週、発表させていただいています。そういったところではプレッシャーを感じています。

ーー仕事の中でやりがいはどのようなところに感じますか。

やっぱり、私は生で流れる音楽の現場がすごく好きなので、一番はじめに担当した会場の営業だったり会場の運営をしていた時は、ステージや、お客様の笑顔を見ることで、とてもやりがいを感じていました。今も、イベントなどを通じて、生の音楽を届けられる瞬間に立ち会えた時はとてもやりがいを感じますし、ヒットチャートの制作を通じて様々な新しい楽曲と出会うことができるのも、毎週の楽しみの一つです

ーー仕事をする上でどういったことを大切にしていますか。

最初に入社したイベント企画会社は、並行して複数のクライアントさんといろんなイベントを企画していくのですが、どうしても自分の中で、プライオリティに濃淡ができてしまいます。でもそれを対クライアントに感じさせてはいけない、対クライアントには、高嶋さんは他の仕事より僕の仕事を一番に思ってくれている、と全員に思われなければいけないよ、ということをすごく言われました。今も仕事の内容は違えど、それぞれのクライアントさんに誠実に対応するように意識しています。

ーー元々、イベント企画への関心が強かったのですね。

大学の卒業制作で1つのオペラを13人で作るものがあって、私も出演しますが、それ以外にみんなのスケジュールを調節したり、座組みをまとめることにとてもやりがいを感じていました。なのでそういうことを仕事にできないのかなと思い始めて、大学卒業後そういった仕事をしていました。

ーーそのような経験は今の仕事に役立っていると感じますか。

そうですね。最初に入った会社は全然音楽とは関係なかったので3年で辞めて今の会社に至るんですが、小さい会社だったので割と1から企画書を作ったり、マニュアルを作ったりと、物事を1から組み立てて当日を迎えるために何が必要かを教えてもらったと思います。

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(ビルボードライブ横浜)

高嶋さん目線の最近の音楽

ーーご自身は普段どうやって音楽を選んでいますか。

まずはチャートの100位以内はもちろん、それ以下の曲も見て知らない曲をチェックしています。仕事以外ですと、ストリーミングでプレイリストを通じて聴くことが多いです。最近だと夫婦揃って在宅勤務なので、主人が選んだプレイリストを強制的に聞かされています(笑)。そこで、新しく出会う曲も多いです。

ーー昨年から話題となったYOASOBIさんは、昨年Billboard JAPAN史上初のCDリリースなしで年間総合首位を獲得されました。ご自身が近くで見ていてどんなことを感じましたか。

YOASOBIさんは、チャートインしてから首位に駆けあがられるまでのスピードがとても速かったなという印象があります。私たちが、YOASOBIさんの存在を知った瞬間に、どんどんチャートを駆け上がっていかれたなという。

あと、YOASOBIさんは「夜に駆ける」は圧倒的にヒットしましたが、それ以外でも、「ハルジオン」や様々な曲がヒットチャートを席巻されているので、すごいなと圧倒的な強さを感じています。

ーーなぜそこまで流行ったと思いますか。

楽曲の素晴らしさはもちろんですが、SNSの使い方がとても上手なことも、ヒットの要因の一つかなと思います。ファンとのコミュニケーションの取り方や、ファンとのエンゲージメントの高め方は、私たちも見ていてとても勉強になりました。

未曾有の出来事に直面して

ーー音楽業界を近くで見ていて、去年のコロナの影響を受けてどういうことを感じましたか。

2020年2月頃からライブやイベントの中止が相次ぎましたよね。そして、映画の上映やドラマの収録も延期になり、新曲のレコーディングも難しくなったことで、ヒットチャートにも大きな影響が出始めました。まず最初に自粛を求められたのが、ライブやイベントなどだったので、本当にこのままだとどうなってしまうんだろうと思っていました。

ただ、ヒットチャートにおいては、TikTokやYouTubeをきっかけにヒットしたYOASOBIさん、瑛人さんや優里さんなど、これまでにはない動きがみられはじめました。なので、ヒットチャートを通じて、「音楽はどんな状況であっても新しい曲は生まれるし、どんな時であっても形は変えてもヒット曲は生まれるんだな」と勇気づけられた1年でもありました。

ーー去年星野源さんの「家で踊ろう」という曲が流行り、SNSで星野さんと一般の人たちが一緒に歌ったり踊ったりしている動画をよく目にしたのですが、これについてどう感じましたか。

アーティストも何かやりたいけどやる場所がない、レコーディングしたくてもそれすら叶わないみたいな現状の中で、星野源さんのようなヒットアーティスト方がライブやイベントができなくても、音楽を通じて人を笑顔にできる、応援できるというチャレンジをされたのはやはり勇気づけられるものがありました。

ーーBillboardとして、去年はどのようなことをしましたか。

まずは、音楽を鳴りやませてはいけないという思いから、ステイホームをテーマにした、家にいる時に聞くおすすめプレイリストを作ってもらおうとなり、いろんなアーティストにお願いすることにしました。結果的に、140組以上のアーティストの方が賛同してくださって、特集を組むことができました。それを見て、やはりイベントができない中、音楽を通じて人を勇気付けるためにはどうしたらいいかということをみなさん考えてらっしゃるんだなとすごく感じました。

ーー去年から始まったTikTokとBillboardのテレビ番組「NEXTFIRE」は今話題のアーティストにフォーカスする番組ということですが、どのような経緯でこの番組は始まったんですか。

番組がスタートしたのは2020年からですが、それ以前からアメリカではTiktok発のヒット曲がどんどん出てきていて、日本においても2019年以降、TikTokがヒットチャートに影響を与え始めてきたこともあり、ヒットチャートの相関性などについて、話しはじめたのがきっかけです。

2019年の時点では、そこまで両社のチャートの相関性は感じられなかったのですが、2020年に、一気に景色が変わりました。コロナ禍の影響で、人々が触れるメディアやインターネットの時間が増えたこと、あとはTikTok自体もダンスチャレンジなどにとどまらず、ユーザーが自分のライフスタイルを好きな曲とともに投稿する、SNSのような映像が注目されはじめました。そしてその動画を見た人が、映像と楽曲に共感して、動画に使われた楽曲がストリーミングを中心に、ヒットしていく動きがすごく増えてきました。

同時に、2020年からビルボードではネクストブレイク楽曲だけをピックアップした「HeatSeekers」というチャートの発表を始めました。なので両社の親和性を活かし、「HeatSeekers」チャートをもとに、今後ヒットが期待されるアーティストを紹介していく番組を作れればと、この番組を立ち上げました。

ーー実際これまでに出演したアーティストが、そのあと人気になったことはありますか。

優里さん、川崎鷹也さん、BLOOM VASEさんなど、ご出演いただいた後に、チャートを駆け上がられたアーティストはたくさんいらっしゃいます。なので、「HeatSeekers」チャートが、今後さらにヒットが期待される楽曲を表すチャートになっているなと感じています。 THE FIRST TAKE STAGE|一生を変える、一発撮りを。 一発撮りオーディションプログラム「THE FIRST TAKE STAGE」がいよいよ本格始動。それぞれの想いを胸に、勝ち www.thefirsttake.jp

(人気音楽系YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』のゲスト審査員に)

これからのビジョン

ーーBillboardとしてこれからどういう事業を考えていますか。

Billboardのチャートデータと、他社とのデータを掛け合わせることによって、楽曲のヒットをさらに掘り下げていくという研究を、数年前から実施しており、博報堂さんにご協力いただいたレポートなどを発表しています。昨年から、今年の5月にかけて、ウェビナーも開催しましたので、今後も様々な方と一緒にヒットの研究は続けていきたいと思っています。

ーー以前NewsPicksとビジネスカンファレンスをやられましたよね。

「音楽の未来〜NOW PLAYING JAPAN」ですね。 もともとの目的は、Billboardは音楽ニュースサイトにとどまらず、新しい音楽の未来発信し続けているメディアなんだと伝えたくて企画しました。それでチャートを発表したり、次の音楽を見据えていらっしゃる方たちを紹介するセミナーができたら面白そうだねと。

いしわたり淳治さんと川谷絵音さんに出ていただいた「刺さるコンテンツのつくり方」というトークセッションの時は、公開番組を見ているといった感じでとても面白かった記憶があります。音楽プロデューサーの松任谷正隆さんとワーナーミュージック・ジャパンの栗田さんに出ていただいた時も、松任谷さんの音楽との出会い、新しい音楽の聴き方というのをお話しいただけて面白かったです。2部制で3時間近くありましたが、途中退室する方も少なかったです。

ヒットチャートだけでなく、そういったいろんな形の音楽の未来を示していけるようなイベントは常につくり続けていきたいと思っています。

ーーBillboard JAPANをこれからもっと広めていくために、どういったことをしていきたいですか。

まずは、もっとアジアや諸外国のビルボードとの連携を強めていきたいですね。諸外国の様々なアーティストを日本で紹介したり、日本のアーティストを各国に紹介するといったような、橋渡しのような役割ができればと思っています。

ーーコロナ後の音楽業界に対して考えていることはありますか。

去年は、ライブやフェスの多くが中止や延期となり、TikTokやYouTubeからのヒット曲がたくさん誕生して、、すごくヒットチャートの景色が変わった1年間でした。今年はまだどうなるかわかりませんが、コロナが、少しでも収束し、ライブやフェスがこれまで通りに再開できるようになった時に、そういったコロナ禍前のヒットの道筋と、コロナ禍以降のヒットの道筋がどういう風に影響していくかは気になっています。例えば、フェスが開催される時には、コロナ以降のヒットアーティストは、どんな風に関わっていくのかなとか。そういう意味で、今年の年間チャートは楽しみだなと思っています。 高嶋 直子のポートフォリオ メディアの担い手のための審査制プラットフォームChrophy(クロフィー):ポートフォリオ作成からAI文字起こしまで chrophy.com

高嶋直子
京都芸術大学を卒業。2007年に株式会社阪神コンテンツリンクに入社。ビルボード事業部のマーケティング、法人営業を経て、2014年からBillboard JAPAN.comの編集およびチャート事業に従事。編集、執筆を行う他、ジャパン・チャートの制作、データ販売、自社データを用いた共同研究やイベントの企画立案などを行う。過去記事のポートフォリオはこちらから

聞き手&執筆担当:川原紀春
株式会社クロフィー インターン
立教大学国際ビジネス法学科3年

インタビューを終えて:Billboardという著名なメディアの編集長ということで厳しそうな方を想像していましたが、とても話しやすい方で終始楽しそうにインタビューに答えてくださりました。音楽は身近にあるものですが、案外自分の好きなアーティストだったり分野にしか目を向けていないもので、知らないこともたくさんあったので、これからはもっと広く音楽を見てみようと思いました。日本にもグラミー賞のようなアワードができることを楽しみにしています。

本連載企画について:記者ら、メディア関係者のための業務効率化クラウドサービス『Chrophy』を開発する株式会社クロフィーでは『学生が迫る、メディアの担い手の素顔』と題した本連載企画を行っております。編集は庄司裕見子、サポートは土橋克寿
ご質問などございましたら、こちらの問い合わせフォームよりご連絡願います。また、弊社のインターン採用・本採用にご興味を持たれた方は、こちらの採用情報ページよりご連絡願います。

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